閃光

□06
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大坂へ行く。

皆を集めそう告げた幸村に、異論をぶつける者は一人もいなかった。

政宗の上田到着までに戻る予定が少々遅れてしまったのは残念だったが、己の力量から言えば及第点だろう。

長距離の行軍に向けて、武田軍は今まで以上に目まぐるしい日々を送っている。
夜を迎えつつある今、緊張と疲労が混じった兵士の談笑が風にのって聞こえてきた。

よく知った足音が近づいて、幸村はまどろみからゆるりと抜け出した。

「幸村さま!」

心汰だ。いつものように見回りをしていたはずだが、何かあったらしい。
堅い表情の少年に先を促すと、彼はこくりと頷いて用件を口にした。

「実は…慶次兄が来てるんだ」
「…慶次殿が?」

風来坊と言われ続けた彼が今は上杉に仕官しているのは聞いている。
上杉とは既に協力関係にあるから、彼がここに来てもおかしくはない。

が、これから向かう場所を考えると、自然と眉が寄ってしまう。

「分かった。お通しせよ」
「はい」

それから程なくして、相変わらずの派手な出で立ちで一人の男がやってきた。

前田慶次。
人を笑顔にすることにかけて、この男に敵う者はいないだろう。
そんな、妙な空気を常に纏っている男だ。
…表面的には。

「よっ」
「久しぶりでござるな」

記憶にあるのとそう変わらない、予想通りの挨拶から始まり、二人は再会を果たした。

先の戦いでは、かなりの助力を得た。それからも、頻繁ではないが互いの近況は知らせあっており、遠慮する仲ではない。
話は慶次から切り出した。

「大坂に行くんだってな」
「ああ」

短く、迷いなく頷いた幸村。それを見て、慶次が複雑な顔になる。

大坂という地は、彼にとってある男に直結する場所だ。
その事を、幸村はよく知っている。

「なあ、幸村…石田三成は…いや、あいつらだけじゃない。みんな、豊臣を下したのは武田だって思ってる…」
「左様でござるな」
「いや、実際それは正しいんだけど、けど…けどよ………秀吉は」

未だに癒えない痛みが疼くのか、慶次の顔が歪む。
幸村は軽く頭を振って続く言葉を止めた。

豊臣秀吉を討ったのは誰か。

それは、あの日あの場にいた者しか知らない。
いなかった者はただ『武田が豊臣の勢いを止めた』という事実だけを知り、すぐ後に続く大戦の事で手一杯になった。

幸村はあの時の事を必要以上に語らなかった。
梓も黙した。慶次も、それについて話す事は一切なかった。

だから、秀吉が友の刃に倒れたという、その事実は秘されたまま。

「あの戦いの後、武田が天下を治めた。それが今は最も大事な事実でござるよ、慶次殿」
「けど…石田三成は」
「石田殿に何を言われようとも、どう思われようとも、某は武田の総大将として石田軍を止める」

それだけでござる、と幸村が言い切ると、慶次は呆れと安堵がごちゃ混ぜになったような目を向けてきた。

「お前…なんか大人になったなー」
「そのような事はござらぬ。日々精進あるのみ」
「あー、そういうと思った!」

慶次がそう言う頃には、思い詰めたような雰囲気が一転、苦笑に変わっていた。

「ちょっと用があるんで一度離れるけど…俺は、幸村の傍で全てを見届けたい…いいかい?」

いつもの明るい表情。だが、その言葉の重さは伝わってきた。
静かに頷き、胸に手をあてる。しゃらん、と六文銭が音をたてた。

「無論でござる」

積み重なっていく人々の思い。
きっと一生、この重責に慣れる事はないのだなと、幸村は悟り始めていた。

だが、それでいい。

それが一番自分らしいと、彼女なら言ってくれる気がする。
あとは、押し潰されない強さを求め続けていくだけ。
自分が潰されないよう、支えてくれる仲間たちを守っていけるように。

「あ…幸村」
「む? ああ…」

慶次に促され、心汰が廊下に控えているのに気がつく。
恐らく茶でも運んできてくれたのだろうが、邪魔をしては悪いと思ったのだろう。

笑みを浮かべると、幸村は少年を迎え入れるべく立ち上がった。




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