宝物を掲載
□誕生日小説*悠姫さん
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紅葉が、はらりと落ちた。すっかり紅に色付いた、赤子のような手の紅葉。
「もう秋やなぁ…」
それを一つ拾い、くるくる回す。
「ふふ…かわいい〜」
「あ、悠姫ちゃーん」
「原田さん!巡察お疲れ様どした」
「ちょうどいいや!土方さんが呼んでたぜ」
「え?おおきに。すぐ行きます」
悠姫は原田から土方が呼んでいるといわれ、すぐに土方の元へ足を向けた。
「土方さん、悠姫どす」
「入れ」
襖を開けるとそこには監察方山崎丞もいた。
「丞?」
「とにかく座れ」
「はい」
監察方が呼ばれるということは隠密の仕事ということだろうと悠姫は顔を引き締めた。
が……
「悠姫」
「はい」
「柚凜と一緒に紅葉狩りでも行ってこい」
それはあまりにも突然の言葉。
「は?」
「聞こえなかったか?紅葉狩りだ。高尾とか栂尾とかそっち方面はもう見ごろだろうが」
「そうやのぉて……話が読めしまへん。それに今日はあかんと前からゆうてましたやろ?」
女がたった三人しかいない屯所生活。
のびのびもできないだろうからという土方の考えだったのだ。
「山崎君、新八連れて一緒に行ってやってくれ」
「はい」
「え、土方さんはいかはらしまへんの?」
「行けるわけないだろ?仕事もたまってんだ」
はぁーと頭をかかえる。
「ほんならうち、お手伝いを…」
「良いから行ってこいっ!」
ほぼ、強制的に紅葉狩りに行かされた悠姫と柚凜―――
***
―――土方さんもなんなんや…?今日はあかんってゆうてたのに…
そう。
今日は特別な日。だから悠姫はいろいろな用事を片付けていた。
なのに、突然、いきなり、今から紅葉狩りに行けと言う。
なぜか怒りがフツフツ込み上げて来る。
「悠姫、はよせい」
「わかってる!」
借りてきた馬に乗り、四人は栂尾を目指した。
京都の西の山里、栂尾。
もう葉は紅く色を付けていた。
「わぁ〜綺麗!」
「ほんま…見事やなぁ」
赤に黄色に色付いた紅葉はすっかり山を覆っていた。
四人は馬から降りると、しばらく歩いた。
「わぁ…」
「綺麗だネ」
久しぶりの女性用の着物。
明るい藍色に、桃色の牡丹、黄色の帯。
隊服のない柚凜。
本来の女の子である姿―――
「なんや…あの子があんな風に笑うてるん、久しぶりやわ」
「ここ最近忙しかったからな」
「自分の事ばっかりで、柚凜を気にかけてやられへんかった…」
人一倍努力し、弱音を吐かない柚凜。
一番近い存在である悠姫が気遣う必要があったのに、となんだか悔やまれる。
「土方さんは、分かっといやしたんやね…」
悠姫はなんだか優しい気持ちになった。
「姉様!!こっちすごいえ!!池に綺麗に紅葉が写って、鏡みたいや!」
柚凜のはしゃぐ声に悠も走る。
そこは本当に美しい場所だった。
朱や黄色の葉が水面に写り、どちらが本当の世界かわからなくさせる。
「柚凜チャン、髪に紅葉ついてるヨ」
「へ?」
ほら。と永倉が差し出した黄色い紅葉。
まるで今の姿に簪をさしているようで、永倉はとってしまうのを惜しく感じた。
「ふふ…なんやお天道様から贈り物もろたみたいどす」
「本当だネ」
そんな仲睦まじい二人は見ていて和む。
「それにしてもなんで急に紅葉狩りなんやろ…」
どうやら柚凜も疑問だったようだ。
「さ、さぁね…日頃の隊務へのご褒美、じゃなイ?」
永倉の微妙な答え方が気になるようだったが、ちょうど丞が団子屋に行こうと言い出したので話はそこで終わったのだった。
***
一方その頃屯所では―――
「それそこじゃないですよ!!」
「えー、ここじゃないの?」
「それはあっちですよ、藤堂さん。あ、土方さん!!そこでキセルふかさないでください!」
バタバタと、せわしなく人々が動き回っていた。
「ったくよぉ…」
「文句言う前に行きますよ〜」
土方は沖田に手を引かれ、京の町に出た。
「なんだ、総司」
沖田は先程からニコニコしている。
今にも鼻歌を歌いそうなくらい。
「なんか楽しいですね」
「どこがだ…めんどくせぇ」
「とか言って言い出したのは土方さんですよ」
「……お前、せっかくの日を恐怖の日にしたいのか?いくら歩がいるっつてもあいつがそばにいるだけでとんでもねぇ…悠姫の食事だけは勘弁してくれ…」
「あはは、土方さんらしいですね。でも、本当は見せてあげたかったんでしょ?二人に、紅葉を。しかも一緒に」
「……んなんじゃねぇよ」
最近柚凜は隊務、悠姫は監察の仕事と、互いにすれ違ってばかりだった。
挨拶程度で朝夕がほぼ逆転している二人ではなかなか一緒にいられない。
だから、土方は二人に休みをやった。
たった半日だが…
「夜は盛り上げましょうね。さ、早く!二人が帰って来ちゃいますよー」
やけに楽しそうに菓子を買う沖田に、土方は見えないように笑った。
***
「久しぶりや…こんなゆっくりするん」
「そうやなぁ…あ、柚凜、口に餡ついてるえ?」
手ぬぐいを取り出し、ふいてやる。
「姉様と一緒なんも久しぶりやし…」
「そうやなぁ…土方さんに感謝やな」
「そやね」
二人はクスクス笑う。
「もうすぐ……雪の季節や」
「柚凜の好きな季節やなぁ」
少し冷えてきた手にはぁーと息を吹き掛ける。
「うん。はよ雪ふらへんかなぁ」
雪の降る日に生まれた柚凜。
雪に祝福されたように白い肌を持っている。
羨ましいくらいに透明感がある。
「柚凜…うちなぁ、いつも感謝してるんよ」
「何に?」
悠姫はニコッと微笑むだけ。
丞と永倉が呼びに来た。
「さ、帰るえ」
「姉様!?」
馬に乗ってしまった悠姫にはもう何も聞けなかった。
***
屯所に戻ると、悠姫は慌てて厨房に向かった。
「あぁ、お帰り悠姫」
「あ…ゆ姉…?」
「すまんなぁ…あんたが紅葉狩り行ってる言われたさかい、あんたが買うてくれてたもんで、適当に作ってしもたんや」
そこには、昨晩悠姫が必死で考えた献立が並べられていた。
「よぉ考えたなぁ」
「あゆ姉…」
「さ、運んでや」
本当は悠姫一人で作るつもりだった。
だがどこかで自分ではできないと思っていた。
ここまで自分の理想と同じようにしてくれた歩には頭があがらない。
「おおきに、あゆ姉」
「はよ柚凜呼んだり」
「うん」
***
「永倉さん!?なんで着物着替えなあかんの!?」
「いいからそこに用意してあるの着て」
「はぁ…」
それは高価なものにみえた。
絹でおられたその着物は、やはり紺色。
だが、白い花が描かれ、紅い帯が用意されていた。
「やっぱりキレイだネ」
出てきた柚凜を一目見て、永倉はそう言った。
「なんどす?」
「いいから、いいから、早くおいで」
手を引かれて向かったのは八木邸の大広間。
「さ、どうぞ」
まるでお姫様のような扱いに、いつも刀を振るっている柚凜はなんだか慣れない感じがした。
だが、そこは生粋のお嬢様。
仕種や動作にはなんら変なところはない。
「失礼します」
入ると、そこには幹部連中がズラッと顔を揃えていた。
「え?」
「「「柚凜(ちゃん・さん)お誕生日おめでとう!!」」」
柚凜は唖然とした。
「へ…?」
唖然とした柚凜。
「はよ、座り」
「姉様…」
悠姫は優しく笑う。
「今日は特別な日や。柚凜がこの世に生まれた日。父様と母様の愛情を受けて、生まれた日……大きゅうなったなぁ…」
「姉様…」
「今日は特別やで?皆集まってくれはった」
隊務のあるものたちは後から合流するとのことだ。
「皆さん…おおきに、ありがとうさんどす」
柚凜は綺麗な笑顔で笑った。
「あゆ姉が作ってくれたんやで?」
「悠姫が考えた献立をうちが作っただけや」
そこには栗や薩摩芋を使った煮物や、甘露煮もあった。
芋を使ったあんかけや、豆腐料理も。
「わ…おいしい」
喉を通る食事はあたたかく、優しかった。
「私達からはこれです」
沖田の手の中には、入りきらないくらいのお菓子。
後ろで原田や藤堂らが我が物顔でいた。
「近藤さんからはこれを預かってる」
渡されたのは脇差し―――
「悠姫と総司の見立てだ」
悠姫はニコッと笑った。
「土方さんからでもあるんえ?大事にしてや」
ずしりと重い脇差しには青いふさがつけられていた。
「ほれ」
丞がくれたのは貝合わせの紅だった。
「丞…おおきに」
ふと、永倉と目があった。
「俺からはその着物」
今着ている着物。
「時々女の子に戻って、それ着ていろんなとこ行こうよ」
柚凜は、はい、とそう答えた。
「うぉっしゃぁ!!じゃあ飲むぜー!!」
原田の掛け声を皮切りに、食事会は宴会になった。
***
「姉様…おおきに」
「ん?うちがやりたかったんや」
「へへ。おおきに」
「柚凜、うちが今日、栂尾で言いかけたこと覚えておいやす?」
「うん」
栂尾に赴いた際に言った悠の言葉―――
いつも感謝している…
何に対してか言わなかった。
「うちね…柚凜が生まれたことに感謝してるんよ…この世に…うちの妹として生まれてくれたことに…」
子は親を選べない。
偶然重なって生まれた命―――
「ありがとう…柚凜」
悠姫はギュッと柚凜をだきしめる。
ずっとずっと一緒に―――
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