NT

□暴力を晒す
1ページ/1ページ

アンデルセン神父






ぎりぎりと爪を自分の皮膚に突き立てる。ぶにぶにの皮膚は柔らかく、爪がめり込むと形を変えて受け入れた。皮がちぎれて血が出る、何て事はない。
それが苛立たしくて今度は片手で腹を殴る。衝撃で鈍痛が内臓に届いた。無意識に力をセーブしてしまい、鈍痛がくるだけ、それ以下でも以上でもない。嘔吐し目を剥き気絶し、―――何て事はない。

次は、歯を、皮膚に突き立てよう、噛み破らんばかりに。突き立てよう。
そうするべく歯を剥き出し、利き腕に照準を定めた時である。


「已めなさい」
「っ神父!すみませ、」


腕はしっかり噛んでいた。ただ、それは痛覚のないものであった。つまりは他人の腕である。自分のはアンデルセンによって、歯牙から遠ざけられていた。

代わりに口腔にあるのは彼の腕である。

噛んでいたのが誰のか分かると、慌てて口を離した。服の上からでも分かる。くっきりとした歯形は、それが付くに相応の力加減であったと主張している。


「ごめんなさい」
「私の事はいい。何故この様なことをしたのか話してみなさい」
「…ごめんなさい」


二度目の謝罪にアンデルセンは目を丸くした。肩を竦めて身を縮こませる様子は怯えそのものである。謝罪の言葉は謝罪というより、拒絶しているようである。
拒絶している、しかし怯えていると、アンデルセンは気づいた。捕まえている腕も逃げようとしている。アンデルセンはしっかりと逃げられる前に自分より小さな腕に力を込めて握った。

「ごめんなさい」

絶望したように呟かれる。離してと言っているようだった。土気色の顔が必死に腕を引っ張る。
ならば尚のこと離すまいとアンデルセンは必死の背中に腕を回した。


「怒りません。約束しましょう、
ほら、言ってごらん」
「本当ですか、怒りませんか」
「ええ。神に誓って怒りません」


リズムをとって背中を叩く。宥めるように大きな手が背中を触れては離れていった。
引き寄せた体から次第に力は抜けていき、だらんと凭れた。力の入っていないのを確認して腕を解放すれば、
今度は離すなとその腕が縋るので、アンデルセンは痛くならない限りで目一杯に彼女を抱き締めた。肩口に埋まる頭を撫でてやればぼろぼろと涙が零れているのか、しっとりと濡れた心地がした。



「本当は、本当は自分もよく分からないんです…!でも一杯考えてたんですむかつく!むかつく!」
「ええ…」
「色んな事、動物とか宗教とか他人とか今とか私とか!!色々浮かんできて、
そうしたら自分がどうしようもない駄目で屑だと思ったんですよ!!
そしたら今度は全部ムカついて!我慢できないし情けないし、でも神父、人を傷つけるなって言ったから!自分を殴るしかないじゃん!!うわああ!」



うわあと、まるで雄叫びである。鼓膜をぐらぐらと揺らす。
ぼろぼろと涙が幾筋も流れていく。

アンデルセンは全力で泣いているその様子に、苦笑いを浮かべた。



「確かに、しかしそれがなにも自分を傷つけて良いことにはならないのです」
「言った! 言ったじゃないですか !
ならどうすればいいんです!」

「私を呼びなさい、私はいつでもお前の傍に行きましょう。お前の弱さを守りましょう。お前の罪を被りましょう。そして許しを乞いなさい。神はお前の罪を許します。そしてお前に平穏をもたらします」




そう、このか弱い子どもを責める化け物どもなどすべて殺して首を打ち、焼いて払ったその灰は地中深くの冷たい石で潰してしまえ。
どうかこの子に平穏が訪れますように。
どうかこの子に恵みが訪れますように。
アンデルセンは祈りの言葉をその耳に囁いた。

この子に幸せを運ぶのが、どうか自分であるように。









</>

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ