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□ガブリアスと宝石
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赤、白、黄色、青、緑。さまざまな色彩があふれてこぼれる。
宝石が洪水となって落ちてくる。その隙間から暗い色をした目が覗いている。
とても悲しい色である。
「そんな顔しないでガブリアス」
ナマエは目を伏せた。そんな悲しい色は見たくない。だから見えないように伏せるのだが、カランコロン。カラン、コロン。
宝石の床を打つ音が悲しさを誘う。いっそこちらが泣きたかった。
しかしガブリアスはただ悲しみだけをたたえている。
涙なんて流れない。
くらく、ふかく、痛いくらいに感情が沈着していて離れない。
じいっと見てくるガブリアスに、ナマエは目を逸らした。
泣いてうやむやになど、出来ようはずも、ない。
「おやめガブリアス。お願いだから」
制止を求める。
―――止まらない。
ガブリアスは止めてはくれない。
その理由も分かっている。
どうにもできないことである。ナマエは顔を伏せた。目を閉ざすだけでは、耐えられなかった。
彼の目は雄弁に語る。
通じる言葉を持たない分、通じる気持ちは痛いほど、痛いほど、伝わってくる。
ああ痛いなあ。
ナマエはぽつりと思った。
目を開く。
ぽつりと薬指の、煩わしいそれが光った。
顔をあげる。
いつしかとうに追い抜かれた背丈が、ナマエに合わせて折られている。
ふだんは上にある目も近い。同じ高さで、同じ線で、こちらを見ている。その悲しさときたら。
ナマエの気分も暗く沈んだ。
ガブリアスの鼻先が頬を掠める。なんども確かめる。
すこし痛いくらいなのは鮫肌のせいだろう。
「泣いてないよ。私はしあわせだから」
ナマエはガブリアスを見た。なるべく強く見据えた。
本当の本当にしあわせに見えるように、強く強く見つめ返した。
ガブリアスは静かである。しずかにしずかに、拠り所を失った。
絶望がサッと襲いくる。
彼は腕一杯の宝石を、いっそうナマエに押し付けた。
「お前のそれは受け取ってやれないの、おやめ。でないと困るでしょう…ねえ、聞いてガブリアス。
私はねあなたでない人と結婚するの」
カランコロン。
カランコロン。
色とりどりの大小さまざまの、宝石が落ちていく。
拒んでも、なお、ガブリアスは渡そうと試みた。それが彼の気持ちであるから。
だからナマエは受けとれないでいた。
受け取れば、ソレに気持ちを付けてしまう。見ないで蓋をした気持ちの名前である。
しかし絶えずカランコロンと音はなる。宝石が落ちていく。受けとることはない。なくなった。
感情は一方通行になってしまった。
通じてはいけなくなってしまった。
薬指に嵌まるそれが憎い。厚かましく居座るものが憎い。
ナマエは心底そう思った。思って、投げ捨てることもできないから、尚その思いは強くなる。
それでも。
それでも。
「私は幸せだよ」
二人のあいだに落ちる音は、心を満たす。カランコロンと落ちていく。
落ちるたびに積もり積もって満ちてくる。
それが二人の涙であったとしたら。ならばナマエは幸せだった。
ほっそりと笑うナマエに、ガブリアスは目を閉じた。うで一杯の宝石を胸に、長く長く目を閉じた。
カランコロン。音は止まない。
「ああ、ほら、ね。幸せだ」
音をたてているのは、きっと二人の気持ちが溶け固まったものだろう。