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□ニビの劣情
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「…帰って…きてたのか?」



十数年の時を経ることは、だいぶ物事を変化させるものらしい。

すっかり成長した幼なじみに私は昨日のうちに、とだけ返した。
同じくらいか、やや高かったくらいであった身長もぐんと抜かされている。顔つきも精悍で、四肢もかっちりと均整を保っている。山や洞窟で鍛えられただろう体躯が、強靭さを服の下に潜めているに違いない。
私の言葉に、彼は少しばかり間をおいて尋ねた。どうして今まで帰ってこなかった――と。
簡単なことだ。考えなくとも分かる。行動が何よりの言葉だ。

しかし離ればなれになったきりの、十数年ぶりの兄弟同然の絆で固く、それは固く固く固く結ばれた幼なじみとの再会は、感動的なものでなくてはならないらしい。
幼なじみの青年は私の言葉を律儀にも待っていた。私の言葉を聞くためか、感傷に浸るためか――。

普段はにこにこと笑みを浮かべ、細められている目が見開かれ、私を直視している。
彼の顔には喜怒哀楽、ありとあらゆる表情が、
4文字で表すには複雑すぎる表情が浮かんでいた。対して私は何の表情も浮かべなかった。否。浮かべたくなかった。

出来ることなら、とうに捨てた故郷になど、帰ってきたくなかったのだ。―――――だから私は、勝手に抱かれた感傷など、壊してしまいたかった。



「会いたくなかったんだ」
「な、―――――?」



会いたくなかった?

私の言葉をこの町のジムリーダーであり私の幼馴染みであり兄貴分のタケシくんはなぞらえた。その意味を考えんとしてぐっと眉間に溝ができあがる。苛立っているようだ。お優しい彼のことだ、私の立場で必死に理由を考えて、
理由が見つからないから、余計に必死に悩んでいるに違いない。
それもそうだ。タケシくんには覚えがない。私視点で考えようがなんのことか分からないだろう。理不尽すぎる当てこすりとすら思うだろう。

分かるはずがない。

タケシくんには自覚がない。


「会うつもりも帰るつもりもなかった。…知り合いに、イッシュで事業を興すのがいてそれで今回は帰ってきた」
「ナマエも行くってことなのかい…?」
「行く。最後に親に挨拶しようと思って。
もう帰らないつもりだから。でもタケシくんに会うつもりはなかった」


この再会はまったくの誤算であったのだ。イレギュラーでしかない。
その旨を伝えるとタケシくんはほとほと困り果てたように眉根を下げた。私は大してその様子に罪悪感を覚えず、空模様やポケギアから時間を確認するだけだった。

人が悪いかもしれないが、会いたくない相手を前にしてフォローを入れるほど私の人間性はできていない。
会いたくないのだから、そうする義理も意志もないのだ。それよりもクチバから出る船の時間が気がかりである。


私とタケシくんは幼馴染みだ。他にだって勿論いる。が、歳が近いのは私たちだけになる。だから、他の者は幼馴染みより、まさに歳の離れた弟妹と言った方がしっくりくる。
山の合間を縫うように家が点在するニビでは珍しいことでもない。お隣さんに回覧板を渡すのでもうんと時間がかかるのだ。山の多いニビは、かといってそれを資源に活用出来ることはない。ピッピなど、希少ポケモンの保護地区になっているからだ。開発も開拓もできず、そうなると山の不便さばかりが目立つ。ニビの大人は殆どが外に働きに出る。

大半の家庭は、子供が留守を預かることになる。

ただタケシくんは例外中の例外であった。親はどちらもジムリーダーや博物館の職員で、地元にいたが、地元が人員不足なために負担が大きいのだ。そうなるとタケシくんがより家事をこなさねばならない。
両親とも地元という点でもそうだが、家をもはや子供が切り盛りしている点でも、タケシくんは例外であった。それだけでなく長男で、9人の弟妹らの世話もしていたのだ。

だからタケシくんは人望が厚い。ジムリーダーだけでなく町興しの殆ど全てに頼られるほど、公私ともに皆から信頼を寄せられている。
要領が良いし何事もそつなくこなす。面倒見がよく好感がもてるのもあるだろう。なににおいても最優の対応ができる人物である。皆、彼が幼い頃からそうであることを知っている。幼い頃からすでに子供はもちろん、大人にすら一目置かれていたのだ。


彼が頼られるのも当然である。

だからこそ私はタケシくんを敬遠するのだ。

それこそ、―――タケシくんがそうであるからこそ、私は彼が憎たらしい。



私はタケシくんと違い、一人っ子で、例に漏れない鍵っ子だった。小さな頃からそうであり、それを別段苦痛に感じてはいなかった。それでも一人っ子だから心細い事も心許ない事も多々あった。
困っている私を、幼い頃から既に人から感心され尊敬されて、かつ家も近いタケシくんが放っておく筈もない。彼は事あるごとに手を差し伸べ、まるで弟妹の1人のように世話してくれた。まるで家族のように。これも同じく昔からの事だった。

ただ違う点は、私はいつしかタケシくんと居ることに苦痛を感じるようになった事だった。

私とタケシくんは、家族のようであることは出来ても、家族であることはできない。私が彼の妹とは、なり得ないのだ。それでもさも当然と私の面倒すら見るタケシくんに、周囲の評価は上がるばかりである。周りからいくら評価されたとしても、それはタケシくんには関係ない。彼の人柄はそういうのを厭わないのだ。
むしろ何故大人が評価するのかを不思議がりながら、彼は甲斐甲斐しく私の世話を焼いた。世話を焼くことで、そのたびに彼は評価される機会を得て、そのつど私から評価の機会を奪っていった。

大人の関心が向きタケシくんが感心されるに反比例して、私に対する大人からの関心は薄くなり感心はされなくなった。
幼い頃は何故なのか分からなかった。
それが何なのか、何を意味するのかすら。分かるには幼かったのだ。


だが人はいつまでも幼くはない。歳を重ねていくにつれ、私はそれが何なのかを理解した。

だがそれを理解して、対処を考える頃はもう、手遅れだった。人は誰しも成長する。私がそれを理解するまでに、そうされてきたように。タケシくんがそれを理解されるまでに、そうしてきたように。
―――――タケシくんはより要領よく、
そつなくこなし、
面倒見もよく、
人に好かれるよう成長していた。

私が考えるよりも早く私のすべき事をし、私がするよりも早く私の事を考えた。そしてそれが苦ではなかった。彼はそれほど優秀に目覚ましく成長したのだ。タケシくんにとってそれは当然で、すべき事で、嫌な事でもなかった。だから周りの評価には疎く、期待には聡かった。
しかし周りはそうではない。それは当然でなく評価すべき事であった。タケシくんの傍に年齢の近しい、私という存在があれば尚のこと。周りはタケシくんを評価した。そうする度に私は彼の陰に入って、曇ってしまうのだ。


タケシくんは面倒見がいい。そういうのによく気付き、フォローをすることができる。それでもそれは彼の中では特別でもないことだから周りの評価には疎いままだった。より彼は評価され、反面、より私は翳った。
彼と私を見て周りが浮かべる笑みが何なのか、何故なのか、何を意味しているのか―――――それを知る頃には私は劣等感の塊で、卑屈に捻りきれており、苦痛にまみれきっていた。


それから逃げるために私はニビを捨てたのだ。戻ることもしなかった。連絡も入れなかった。ポケモンすらニビとは縁遠いタイプや種族を選んだ。
全ては劣等感を拭い、自信を得るためだと。そのためだと自覚する頃にはタケシくんに恨みつらみを抱いていた。私がいなくなった後の彼を考えると、彼のことだ。自覚すらなく、私が気がかりなのは容易だった。


それが憎らしかった。


ニビは、私にとって劣等感という劣情の代名詞だった。


だから戻ることはなかったのだ。


最早戻るまいと決めたニビに戻ったのは、自信がつき最期までそれを保つため地方を離れるから、両親に最後の別れをするためだった。
タケシくんには会うつもりはなかった。私は私を、劣等感から、取り戻したかった。



「…じゃあ、俺に会いたくなかったから帰らなかったのか?」
「……そうなる。会うつもりはなかったし、この事を話すなんて思ってもなかった」
「そうか…俺は…辛い思いをさせてたんだな」



ぐぐ、と深く深く濃くはっきりとタケシくんは眉間に皺を寄せる。何を思っているのか手に取れる。自分の過ちに憤り、そして私を傷つけたことを自覚し悔いているのだ。
本当なら当てこすりと思われてもいい事だろうが、きっとタケシくんはそう思わない。だから彼は次に謝罪を口にする、と想像するのは簡単で。彼がすまないと言って私の中で劣情が狂っても、それは不思議な事ではなかった。

ただ予想を外していたのは、タケシくんの態度だ。
彼は申し訳なさそうにするでも後悔を浮かべるでもなく、とても神妙な顔つきだった。表情の読みにくい顔で、じいっと私を見つめてくる。何の色も無い。無言で私を見てくる様子からは人のいい彼はまったく窺えず、大きな体が怖かった。



「今までナマエを誤解させてたんだなあ…、俺は…お前が思ってるような奴じゃないよ。本当はもっと打算してるし、自分のことばかり考えてる」
「え?」
「ナマエの面倒を見てたのは俺のためなんだ。
傍にいさせるためで、頼られるためで、必要とさせるためだったんだが。
会えてよかった…そんなのが理由ならナマエが出て行くことも俺が隠す必要ももうないだろ?な?」
「  え っ  」










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