NT

□その好きには名前がない
5ページ/9ページ






マザーウッズに舞い戻って漸くわたしの手は解放された。

正しくなら、わたしが、解放した。

診療所のドアを開いても離さなかったのだ。繋いだままあちこち、
再生中の食材だとか、ライフ特有の治療物だとかを説明しだしたので無理やりひっぺがし離れたのだ。
叩きおとしたせいかむっと口を尖らしていたがな、もういいオッサンが。

それを無視して買ったものを順に置いていく。
わたしの傍にはまだ鉄平は無言で突っ立っているのだが、鉄平、とかかった声にあっと反応した。


「帰ってやがったのか。そのネーチャンは?」
「あ、こっちは――」




与作さんじゃないか。







黒いバンダナ、銜えた葉巻木、血まみれの服
――あの「血まみれ与作」じゃないか。

次郎さんの手紙には書かれてなかったぞこれ。

かなり有名な人じゃないか。治療法こそ乱雑だけど難しい食材も再生する、って、すごい、ほんと、あの凄腕の、
うわあ歩く黒歴史だなんて言ったけどこんなラッキーあるなら出会って見るもんだな。
師匠の殴る数は1回減らそう。

つーか師匠も知ってんなら教えてくれたらいいのに。絶対に色紙とサインペン持参した。


「お邪魔してます!依頼された師匠の代理です」
「師匠?……ああ。アイツか。人ごみがヤだとか抜かしてたか?」
「はい。…あの、師匠とはお知り合いなんですか?」


本当にしくった。
ライフとか毛嫌いしてたけどあの与作さんに会えたのだ。
もっと早い時期にライフへおつかい行っておくんだった。

わたしの問いに与作さんは昔からのな、と答えた。
それからワルな感じに口許を持ち上げた。悪どさがまた似合いすぎる。


「ネーチャン、俺がそんなに珍しいか?」
「珍しいってもんじゃないです!大好きです!
あの、あのわたし、植物しかできませんが与作さんの武勇伝は聞いてて、大好きなんです!」



植物だけじゃない。動物昆虫人間…治療対象がなんであれ、与作さんは隔てなく再生する。
方法が不明瞭であって、誰もが受け付けなくても、与作は引き受ける。

誰にだってできる筈がない。

小さな頃から再生屋に転じたわたしにとっては、誰でも何でも助ける与作さんはスーパーヒーローであったのだ。
次郎さんも凄腕らしいが、実際に目にしたことはないしヒーローというより恩人になる。

呼称のとおりに血飛沫の付着した白衣をまとっているのにちょっと感動していると、与作さんは瞠目していた。少し捲し立てすぎたろうか。
すぐに口を閉じるが与作さんはそれでも黙ってこちらを見ていた。



「……あの、」
「ぶっはっはっ!!…面白ェなアンタ!いいぜ、素直な奴は俺も大好きだ!」
「っ!」



大きな声で笑い飛ばすと与作さんは手を差し出した。
反射でわたしも手を伸ばす。握手だ。与作さんがわたしと握手を。
握手を、してくれるかもしれない、だと。

やばいしばらく洗わんぞと固く固く誓いながら手を伸ばす。
手と手がこんにちはするのがこんなに長いとは思ってなかった。
じゅわりとわいた生唾をごくりと喉が嚥下する。

指先が触れるか触れないか。そこまでやっときた。ようやく触れそうになって、
わたしの肩は後ろに引っ込んだ。




「……………え……………………」

「師匠、早めに薬を調合しないといけないんじゃないの」
「ああそりゃそうだったな。下に調合スペースあっから、案内してやれ」
「了解。さ、こっちだ」






      え    、



「おい、ちょ、………」
「あれ、まだ何か買い忘れある?俺があとで買おうか、
それとも、見物がてらもっかい一緒に行くってのもアリだけど、色々見れるし珍しいのもあるぜ」
「……作れるから、いい…」
「そっか!」




にこおっと笑う鉄平の手がわたしの手を取る。ぎゅうぎゅうと握ってあざけ笑っている。
買い物袋を取って、鉄平がこっちだと言う。
ざけんなおい。色々ざけんな。
苛立ちを込めて肩パンすると
与作さんがなんだお前らそういう仲かと笑った。

「え!ちが、」
「あ、師匠、そう見える?」
「ちょっと!!」
「若ぇなあお前ら!頑張れよ!」




ははと声をあげて笑う鉄平の肩を割と本気で殴るが鉄平は痛いなあと笑っているだけだった。

あの時抱いた怒りぐらい、腹がたったと思う。鉄平てめえ。








</>
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ