NT
□その好きには名前がない
4ページ/9ページ
鉄平は買い物が終わるまでわたしに付きまとった。買ったもの買ったもの有無を言わさず奪い去っていく。出来れば終わり次第でさっさとオサラバしたかったので有り難迷惑というやつだ。するりと荷物を奪い去る手腕だけは見事だといってやる。
「ありがとう。もう終わったから、返して。帰る」
「…え?俺と師匠んところに泊まるんでしょ?」
「え!?」
「え?」
何言ってんだこいつ用が終わったのに泊まる程親しくもないのにわざわざ1泊するわけないだろ。鉄平が不思議そうに目を丸くしている。こちらが丸くしたい。
わたしが鉄平を見れば鉄平もわたしを見る。露店の番をしている店主は知り合いらしく、お前いつ恋人できたんだと茶化してくる、主に鉄平に向けた言葉だった。恋人なように見えるわけないだろ、今の今で二人のうち一人は確実にひとつ屋根の下に入ることを拒んだろ。
熱いねえなんて店主が茶化す。否定しようとわたしが身を乗り出すより先に鉄平がにこにこと荷物を持ったまま違うよ、と言った。
「師匠が正式に依頼したんだ、だからちゃんとした雇用なんだ、な」
「…え…、」
「なんだ違うのかよ、つまらんなあー」
な、と言ってこちらを向くが正直初めて知った言葉だ。
答えられないわたしと面白くなさそうな店主を、鉄平はへらへら笑いながらわたしの手を引き置いていった。
「…初耳」
「ん?」
「泊まるとか、依頼とか…!」
「あれ?聞いてないのか俺てっきり知ってて買い物してんのかなって。だからメモ持って来てんのかなって思ったんだけど」
違うのなんて聞いて、へらへら笑いながら鉄平はわたしを引っ張る。露店ばかりが並ぶ通りをするすると抜けていく。
人通りが多い賑やかな通りだ。
鉄平は人人人で作られた壁の小さな隙間を、誰かにぶつかることなく抜けていった。
わたしも置いていかれないように急いだが、繋いだ手からは置いてかれるような感じはなかった。
ぎゅうぎゅうと握りこんでくる。その手をほどいてわたしは鉄平の持っている買い物袋を奪い返す。
「これは師匠が買え、つったやつで、泊まるとか依頼とか―、」
「うん、それ俺の師匠が頼んだ薬の材料だもん」
「はっ?」
手の中のメモを見返してみる。
鉄平の、言う通りたしかに、薬の材料だ。
バラバラに書かれている物を並べかえて、組み合わせるとたしかに、薬が何種かできる。
つまりこれを作るのを事前に依頼していたと。出掛ける際に、手を振っていた師匠を思い浮かべてみるが一言もなかったぞそんなこと。
本当なのかと確認すれば、師匠が確かに依頼料も振り込んだと思うけどと鉄平が言う。
「…あのやろ覚えてろ。
分かった。依頼された分はきっちり作る」
「おっ、よかったぁー。じゃあ戻ろう。準備とかあるだろ?」
持つよと鉄平が手を差し出す。ありがとうと頷いて半分を渡したら、目をパチリと瞬かせた。
それからにこ、と笑うと鉄平は言った。行こう、と。
行くのは構わない。
が、
「子供じゃないんだからこの手やめろ恥ずかしい」
大の大人が、実際は違えど、仲良しこよしで手を繋いでいるだなどみっともない。
周りがわたしと鉄平を仲良しと思うのも、
子供みたいにはしゃいでいると思われるのも嫌だ。
つまりわたしとしては嫌、としての恥ずかしい、と言ったつもりだったのだ。
「なんで?小さい頃だって手を繋いでたんだし、いいじゃん、な?」
「あっ、……ちょっと!
振り返った鉄平はそんな事を汲み取るはずもなく、かえって握る力を強めてきた。
わたしが恥ずかしいと言ったのはそうじゃない。そういう意味じゃない。
昔から、言葉のそのまましか受け取らなかったが今も変わっていないのかお前。成長しろよ。
締まりのない顔で意気揚々と歩いていく鉄平と、周りを見ないように、むしろ見られてませんようにと祈りながらわたしも続いた。
道中で熱いとか動きにくいと訴えるも、鉄平はへらへらとして宥めすかすだけである。結局、着くまで鉄平は手を離さなかった。
</>