NT

□その好きには名前がない
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経験値というのは何事も平等に降りかかる。

たとえ十に満たないガキが再生屋の師匠のもとで修練したとしても変わらない。それは平等に積まれていった。

師匠の後ろを引っ付いてまわって、各地をめぐって、
それなりに経験となった。

特に植物に関しての依頼が師匠には多かったので自然とわたしもそちらを習熟していった。
おかげで今ではそれなりの腕前を持つと自負している。

再生屋としての修行を積みながら、
時折、思い出したみたいに両親に手紙で近況を送る。次郎さんにも。

なにかとお世話になったから、自己満足ではあるが感謝も込めて手紙を送っていた。


「おーい。親父さんお袋さん次郎さんから手紙きてっけど!」
「あ、ほんとだ。サンキュー師匠、さっそく見るわ」
「マメなのはいいけど、見事に年上ばっかだな…。友達とかいねーの?ぼっちなの?そうだろ?」
「うるせえ真性ぼっち」
「ひどい!!」




泣き真似ながら背中をポカスカしてくるので、師匠に回し蹴りをくらわす。痛い!とか喚きながら師匠は奥の方へと消えた。
邪魔を振り払って、まずは両親。次に次郎さん、の順に封を開ける。

このやり取りも、もう何年も続けているものだ。

両親には心配されまくりだったが、妹か弟ができます(ハァト という内容を貰ってからは、まあ、認めてくれたと思うリア充末永く爆発しろ。

次郎さんの手紙はわたしの近況に対するコメントと、お酒と、あとごくまれにアドバイスの話が書かれていた。
更にごくまれにだが、次郎さん自身の近況も書かれていた。

おかげで知りたくなかった情報も知ってしまったが。鉄平のことも少しだけ知った。
彼も再生屋となり、今はライフに住んでいるそうだ。
だから、
ぜってーライフには行かねえ。と。わたしは腹にそう決めていた。

そんなわたしの固い決意も、師匠にかかればコンニャクと変わらんそうで、


「あ、おまえ、ちょっとライフにおつかい行ってきて」


師匠は手紙を読み終わり決意したばかりのわたしに
はいコレ、と師匠はあっさりとメモを渡してくれるのだ。

「だが断る」
「断るのを断る、そして更に断ることは認めませーん」
「自分で行けぼっち」
「…ぐさっと来るからなそれ!やだ、あそこ人が多いし広いし疲れる」
「だからって引きこもんじゃねーよ」


ぺっと吐き捨ててドアを開け、外へ出る。
師匠はこう言い出したら聞かないから、わたしもそれ以上言わずにおつかいといわれ差し出された袋を奪った。








「……………というのが今までのいきさつなんだが考えれば自分でフラグ乱立してたなうっかり」





ライフ、マザーウッズのある一角にてため息を漏らす。

ドアの向こうから聞こえたのだ。鉄平、と。呼ぶ声が。
鉄平というのがごく限られた名前でないのは承知している。ありふれたものだ。
しかし、だ。
再生屋、ライフ、マザーウッズとくればもう、本人としか想像がつかない。わたしはドアを開けるのをためらっていた。途方もなく億劫だ。開けたくないすごく開けたくない。

「誰かいんの?」
「…、…」

そうこう悪あがきしていると、向こうからドアが開、いてしまった。
緑の髪に、リーゼントスタイル。垂れ目垂れ眉とくればそれはもう次郎さんの影がスタンドの如く後ろにいる訳だ。
出てきた顔と、続いてあっ!と声があげられる。ここまでくればもう足掻けない、鉄平本人だ。


「与作さんに、うちの師匠から届け物、確かに届けました」


では。

そう言って踵を返す。覚えてくれていて嬉しい、とかでも言えばいいのだろうが、

わたしは忘れていてほしかった。

手を挙げ帰ろうとするわたしに、後ろから慌てた声が降りかかってきた。



「ちょ…待ってよ。久しぶりだなほら、ねえ、おれ、鉄平。覚えてる?」
「いえ、覚えて……というか初対面では?
他にも買い出しを任されているので、これで」


「あっ、ちょっと待てって」



俺も行くよ。鉄平がそう言って降りてくる。
来なくていいのに。気持ちがまんま顔に出てたのか、鉄平はわたしを見ると、ちょっと瞠目して、それから笑った。

「案内するから」

わたしの手の中のメモを奪って先を歩き出す。
その顔に浮かべた締まりのないへらへらとした笑みは十数年経った今でも変わらない。やたらめったらぺらぺら喋っては笑っていたっけなこいつ。昔を思いだしながら歩いていると鉄平が隣に並んだ。なんだろうと思えばすっと手を伸ばしてへらへらしたまま繋いでくる。少し皮の厚いその手がわたしの手のひらを擽った。振り払うまではいかないが、それなりに強い力でほどいた。


「なんで?」
「…なにがですか?」


逆に聞き返せば手を離したことに鉄平は首を傾げた。

「小さい時はよく繋いでたろ?」
「小さくねーし」

もう十分でかいだろうが。へらへらと笑う鉄平は、しかしそれでもまだへらへらと笑うのである。

「やっぱりな」

へらへらと笑っている。なにがそんなに面白いのか。昔のまんまだとほざくその口縫ってやろうか。お前なんざ知るか。メモを引ったくり返して記された物をチェックする。のたくり回って死にかけているミミズ文字は解読できるのがわたしぐらいなものだ、師匠は汚い。何かと汚い本当に汚い師匠汚い。
後ろをしつこく付いてくる鉄平はまだ何かペラペラ喋っていた。あーあー早く帰りてえ。












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