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□死んでからが本番
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うっすらと空間が霧と化す。境がすうっと溶けたことに誰かが感嘆の声を上げた。
焚いていた護摩が同じように消え、不安感をあおるがすぐに再び燃え出す。しかし先ほどまでの勢いはない。静かにくゆるそれは、火のように燃えている何かだと、だれかが気づいた。

それは徐々に何かを燃やして吐き出した。

最初は塵だった。次に骨だった。次に臓腑、肉、皮、最後に爪や目だとかいった細かな部分だった。
そうして現れたのは骨を皮で包んだだけの、およそ人間とは言えない見目だが、たしかに求めていた人材であることは間違いなかった。

さて話が通じるかどうか。
ここは政府の一室である。念には念を入れたい。話が通じなければ最悪の事態に備えねばならないのだから。
中央で指揮をとっていた1人が周囲に目配せをする。

慌てた数人が呪を唱える。
それに併せて式が集まり、恐ろしい風貌へと変わりだすが、突き立った剣に切り裂かれ、ただの紙ぺらへとなりさがる。なんということでしょう。


「なっ…!」


そしてさらに剣先は煌めく。
呪を唱えていた人数分、斬り伏せ、あるいは背後から貫いたそれは、指揮をとっていた老人へと向けられる。鋭い切っ先だった。心臓が冷える。
だが剣先は微動だにしない。
膠着状態をあっという間に作り出したそれは、驚くべきことに、なにより冷静に口らしき空洞をぽかりと開いた。


「かがり火で乱暴だめ絶対。理由次第ではこのまま刺す、通じてないならすぐに刺す」
「…いや…我々は、その、話を聞いてくれ」
「…よし」


剣先が下ろされ鞘へと戻る。すんなりと通じた会話に恐ろしさの裏で肩透かしをくらう。常軌を逸した登場だった。
斬られたのは4人、死傷だった。背中からひと突きがふたり。二度ずつ撫で斬りされたのがふたり。もう助かるまい。
運が違えば己でさえ死んでいた。今になって汗が伝う。

じっとりとした熱気を自覚しながら、インカムからの指示で先導者は正気を取り戻す。
努めて冷静に、手短に。
事の次第を説明した。
周りは死体が転がったままで、部屋にはまだ誰も入ってこない。安全か判別できないからだろう。鉄臭さが漂う中で説明した。


「…はあ。なるほど。それで、呼んだと」


枯れ木が口を開く。

正しくは枯れ木のような人間だが、窪んだ目鼻口は洞そのもので、それが話しているのだから不思議な有様だった。

枯れ木は、誰しもが思っていたより、とても話が通じた。
よすぎるくらいに聞き分けがよかった。

防護ガラスの向こう側、責任者のひとりが口を開く。


「政府に協力するんだな?」
「まあそれで帰してくれるなら」
「…話が早い。我々は君に出来る限りの援助をしよう」
「…。なら、かがり火が消えないように、火の番を、欠かさずやってほしい。
火の気すら消えそうなら、人間性をくべてほしい」


来訪者はこれだと言うように手のひらを持ち上げた。その手に自然と視線が集まる。空だ。なにもない。
まず来訪者と同じ部屋にいる生き残りが首をかしげた。
つぎにガラス越しの誰かが声を上げた。なにもないじゃないかと。

だが、そこで違う者が現れた。


「見えるじゃないか、白黒の、もやみたいな」
「あっ、見えますか。ではお手数おかけしますがよろしくお願いします」
「アッこれはご丁寧にこちらこそ…」


枯れ木は話が通じるうえに丁寧だった。それに返すのは見えた人側代表、この計画が実行に至った議会の議長だった。

見えた?
いえ。
見えませんねえ。
お辞儀をしていると、そんな声が議長に聞こえてきた。
どうやら見えるのは自分ほか数名のみらしい。ふふんどうだすごいでしょう。議長ちょっぴり優越感。

来訪者は、話した結果分かったことだが、現代科学にはとんと疎いらしい。
なのでこんのすけを特別にアップデートして、フォローに回すことにした。必要な報告や端末操作、その他事務作業について代理できるようにした。


そうやって来訪者は審神者になった。
適性自体は、インターネットでいう条件検索のなかに入れていた項目のようなものなので、あることが前提である。
説明も同意もできたので、文句なく審神者である。異を唱える者が、ひとり。即刻還すべきであると声高に主張したが、それは黙殺された。
せっかくの貴重な資源。
棒に振るのはもったいない、手放すなんてもっての外。


手放す気なんてさらさらない。

思惑は口に出さず、職員たちは新しい審神者とこんのすけを笑顔で見送った。みすみす捨てる理由はない。
ここで消耗を抑えられるのなら、すべて、そうすべてだ。劣化も摩耗も防がねばならない。すべての、だ。
せっかく、みつけたのだから。
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