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□ナギサにて育まれた友情の結路
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*ストーカー被害表現あり

わたしはわるくない ぜんぶまわりが かれが ―――そう喚く女性はいっそ滑稽なほど哀れだが、それでも見逃してはやれない。彼女は、その細腕からは想像できないほどの腕力で暴れる。
彼女に同情をしないでもなかった。だが、場を納めるためにも力ずくで取り押さえた。同僚の力を借りても尚、手に余る。


「ねえ!デンジ、止めさせてよ!あたしがあなたの恋人だって、ちゃんと言って!説明して!!!」


最後の最後まで、連行されるまで、彼女は泣き喚いていた。
それを苦心して車に乗せ送り出す。喚き声は車外にまで響いていた。私は無視をして後ろを振り返る。片付けねばならない事がある。
彼女の事ももちろん私の職務上、放ってはおけない事だが、友人が被害に遭っているのだ。そちらを放ってはおけなかった。


「デンジ。すぐにオーバが来る。どうする、ジムに居る?この家で待ちたいならウインディをしばらく貸してもいい」


そう尋ねてもデンジは真っ青な顔で震えるばかりだ。血の気がなく、白い。遠くにサイレンが木霊している。被害に関するものが近くにある、というのもあるが、寒さのせいだろう。薄着で寒空の下、震えないわけがない。
それでもデンジは上着を着なかった。泣いてしまいそうなのだ。恐怖で。震えているのを気温のせいにして、鼻を赤らめることでデンジはギリギリを踏ん張っている。憎悪が。心を満たすのを金切り声をあげるのを、必死で留めている。
寒い、というのはそういった点でデンジを救っていた。


「どうする…デンジ」


返事はない。
…時間だ。
私はウインディをボールから出した。たっぷりとしたタテガミが皮膚をくすぐる。目配せをすると心得たようで、ウインディはデンジの方へと足を進めた。
ウインディがデンジの傍らに立つ。

「…悪いけど戻る。オーバが来るまではポケモンを出しておくといい」

知人だから多目にみてもらえているが、私とて警官だ。職務に戻らねばならない。むしろ知人だからこそ、
同僚や上司でなく、私が事の顛末を知らねばならないのだ。
でなくば守れない。今回の成行を知り、結末を知れば今後のデンジの安全に活かしてやれるのだ。それが出来るのは私だ。

私が動こうとするとデンジは口を開いた。歯がカチカチ鳴っている。ああまだ不安なのだなと思った。
言葉は出ない。
「デンジ」
―――――声をかける。応答はない。返事の代わりに、袖口に指がまとわりついた。デンジのものだ。凍えたように冷たく、死体のように固い。

「いい…ここで待つ、から、おまえもいろ、じゃないと いやだ 」


カタカタと震え、悪寒に寒気だち、青ざめるデンジに、心が動かないでもなかったが、
だからといって―――――胸を締め付けるほどの使命感に追われることもない。どうしても。是が非でも。全てを差し置いても、救いたい人間ではないのだ。彼を救うのは事実、延々と続いてきた惰性による所がある。
ならなぜ私はデンジとの付き合いを切らないのか。答えは簡単だ。


デンジがそう望んでいる。

繋がりを保つことを、
私がデンジを守り、庇護し、あらゆる防波堤となることを。
デンジが、私に、望んでいるからだ。

だから。
だからこそ、私は首を振らねばならない。


「それはできない」
「―…んで、だよ。いてくれ」
「デンジ。それは、できない」


デンジは昔から、俗にいう、持つ側の人間だった。同時に持たない側の人間でもあった。
才に溢れ、機知に富み、あらゆる分野に長けていた。その鮮やかさは他人の目を釘付けにした。
そしてしかしデンジは、諦観や劣等感や不満への妥協―――そうした、そういった、もたない人間に強くある負の性質も併せ持っていた。


彼の親友であるオーバはこれを、ニート又は引きこもり野郎だなどと呼ぶ。

それは間違いではない。

しかし的を得てはいない。

皮肉なことか、友人であるとともに四天王という、同じ職種の要職に就いている分、オーバはデンジの親友なのだが理解者にはなりきれないところがある。
デンジのその、負の性質は、そうは言うものの少し異なる。
デンジは子供の頃から、既に有る才覚を発現させていた。あらゆる分野で。彼の好きなポケモン―――とくにバトルの分野で。めきめきと頭角を表す彼に、しかし周囲はついてこれない。


結果は孤立だ。


だがそれは、孤高、故のの孤立だ。
持たない人間のもつ感情と似通っているが、その実まったく別物だ。だってそれは持つ側の人間固有の悩みなのだから。
デンジの孤立感が、たまたま、不健康で不衛生に見えるだけなのだ。真のところ、それは高潔な不健康さだ。
負の性質と、呼べるのかも怪しいものだ。

諦めとは違う。劣等感ともまったく通じない、それは。
持たない側は、自分になくて周囲にあることを、諦め、妬み、羨む。デンジは自分にあって他者にないことを、落胆し、傍観し、切り捨てる。
持たないようにも見えるが、デンジは持つ側一辺倒なのだ。

そんな高潔さが、他者や外の世界との隔絶。引きこもりに繋がるわけだ。
負の性質だと。
それは誰もが持つものだろう。デンジにとてある。だがこれではない。この結果の先に生じることこそがデンジの負の性質だ。

誰もがデンジの持つ歪みを誤解する。彼を「持つ者であり持たない者」と勘違う。本当はそうでないのに、だ。
その歪みに、歪みと知らないまま、人は彼に吸い寄せられる。
持つ持たないに関わらず、デンジの光に他人は惹かれ、寄らずにはいられない。

デンジはよくストーカー被害に遭う。私は職業柄、彼との間柄、
そういった事態によく立ち会う。そして気づいたのだ、捕まえる時―――デンジから引き離すとき、彼女らはみな狂人かと疑うほど取り乱す。



嗚呼、と思った。

私は分かる。

私だからこそよく分かる。

デンジの友人で、持たない人間で、一部始終を知る者だから。
だから分かる。
彼女らは渇望するのだ。デンジを知り、彼の魅力に中てられ、彼をより知ろうとしてしまうせいで、
届かない筈のものが近くにあるように見えるから。手を伸ばし、遠く届かないことを嘆くのだ。
デンジの歪みはそこにある。それこそ負の性質だ。身動きできないほどの人々を引き寄せ、保てなくなって、歪ませてしまう。それこそが。


誰も知らない。
気づけない。

私だってやっと気づけた。
だから。
だからこそ、私だけでも離れねば。
否。友人である持たない人間だからこそ、離れてやらねば。



「デンジ、今の私では、今のデンジの力にはなれない」
「ち、が、なに――ナマエだから…」
「…ごめん、言い方を変えようか。
私は力になろうとしすぎるから、それはよくないから。誰にとっても。特にデンジには。だから私は距離を置く」



それがきっと適切で、最大の援助だ。
デンジの周りは、人で溢れかえりすぎている。息をつけないほどに。

デンジはきっといつか溺れるだろう。だからその前に、いち早く気づけた誰かの順に、私からの順に。酸素を送ってやらねばならない。
傍には居てやれないと、改めて強くデンジに伝える。彼は黙りこむ。私はウインディに彼を託し、背中を向ける。


「訳、わかんねえし、…なあナマエっ」


その背に聞こえてきたデンジの声が、泣いていることには、聞こえないフリをして。

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