シャルル=ダ・フールの王国

□雨情楼閣
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雨情楼閣


 ザファルバーンは元々雨の少ない土地である。その王都も雨はあまり降らない。だが、降るときは降るときで小さい川ができるほどに降ることもある。外は薄暗くぽつりぽつりと小雨が降っている。
「なーんてっか、長雨だねぇ。もうまるまる一日じゃない? 雨。」
 シャーは、酒場で軽食をつまみつつ、そんなことをぽつりとつぶやく。そばには、雨で仕事に出られなかったごろつきがたむろしていた。ということは、シャーの食べているものは、彼が買ったものではないことは確実だ。
 相変わらずのくるくる巻いた黒髪を上に結い上げて、少しぎょろっとした感じの三白眼。湿気を含んでいるせいか、元々あまり軽そうにない彼の髪は何となく重そうだ。よく言えば物憂げ、悪く言えば鬱陶しい大きな目をぱちりとやる。暗い室内では彼の目は普通の黒目に見える。相変わらずくてっとした、何となくへなへなした姿勢を見ていると、長雨でなくても鬱陶しい気持ちになるものだ。
「こう雨に降られるのもたまにはいいんですけどねえ、なーんか調子が出ないもんなんだね、兄貴。」
 ぽつりと弟分が言った。シャーは、人差し指と親指でひょいっと焼き魚をつまむとぱくりと口にくわえた。今日は弟分の財布具合が悪いのか、それとも飲む気がないのか、お茶などを飲んでいる。それが彼らのテンションを余計に下げているのかも知れない。
 そんななか、シャーは嫌に間延びのする声でこう言う。
「だねぇって言いたいところだけど〜。オレとしては、もっとじめじめじめじめしてるところを知ってるからなあ。長雨ってのはこんなもんじゃあないんだよ、ホントは。じめじめーっとしてて、もっと不快っていうかさあ。」
「オレは今の兄貴のしゃべり方に生理的嫌悪を感じまし――」
 そう言いかけた舎弟の一人は、慌てて周りから口をふさがれた。
「いくらなんでも可哀想だろ。」
「そうだよな、兄貴もあれでも一応気にして…」
 焦ってそんなことを小声で呟く連中を横目で見ながら、シャーはぼそりといった。
「ま・る・ぎ・こ・え。」
そうしてため息をついて、シャーは重たい前髪をぐしゃりとなでた。
「なんだよ、人を軟体動物みたいにさあ。オレなんて、一番雨が似合わない男でしょうが。」
「いや、元々兄貴はそういう感じじゃないですか。」
「どっちかってえと雨っぽいというか。…鬱陶しいというか。」
便乗して普段からそう思っていたらしい連中がそういう冷たいことを言う。さすがのシャーもむっとして、彼らをその鬱陶しい目で睨んだ。
「あっ、それひどいぞー。あのなあ、オレだって、たまにはしゃきっとしてるのよ。雨で湿気がしっけて…ああいや、湿気でちょっと身体がかびてるだけで!」
「ああ、兄貴、とうとう頭までかびたんですか?」
 どこからともなくやってきたカッチェラが冷たい声でそう言った。
「あっ、なにそのいいかた!」
「いえ、何かわけのわからないことをいっているのをきいたもので。」
 カッチェラは、つんとしてそんなことを言って、席に着き、声をあげた。
「あ、オレもチャイを一つ!」
はーい、と店の女の子が声を上げる。そして、やがて、この店の看板娘のサリカが姿を現した。
「サリカ! 今日もきれえじゃねえか。」
 舎弟の一人が冷やかし半分ににやにやわらってからかう。サリカはふんと鼻先でそれをはねのけた。
 サリカは、活発な感じの美人である。ちょっと悪戯っぽい笑い方に、少しだけつんと上をむいた鼻筋に、大きな目をしている。赤茶っぽい明るい髪の色と合わせるように、いつもオレンジの明るい色の服を着ている。少し気が強いが、明るくてかわいらしい娘だった。無表情で少し冷たい印象のある美人のリーフィとはちょうど対になる感じである。
「はい、これ。」
 サリカは不機嫌にカッチェラにチャイをわたして、すたすた歩いていく。その様子にシャーは少し首を傾げた。
「あ、ちょっとお!」
「何よ?」
 シャーは睨まれて思わず肩をすくめた。そうーっと機嫌を伺うように下の方からサリカを見上げてみる。
「あのさ、…サリカちゃん、どうしてそんなに機嫌が悪いのかなあ? …なぁんて…。」
 きっとサリカの大きな目がシャーの方に向けられ、猫背のシャーはびくうっと背筋を伸ばした。
「あんたになんでそんなこと言わなきゃならないのよ!」
「ん、んにゃっ、オレは別に、サリカちゃんの神経を逆なでしよーとしたわけではなくてですね。」
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