短編いろいろ

□早川さんの見た日常
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「早川さんの見た日常」

 寒い夜、早川峰雄三十五歳は、会社の飲み会の帰りに、夜道を一人歩いていた。
 どこにでもあるような風景だ。目の前には、電化製品から重機まで直せるという機島機械店がジャンク品の鉄くずの中に埋もれるように佇んでいる。その隣には、魔風医院とかかれた看板があり、早川は見慣れた風景に少し安心した。ほろ酔いでいい気分だ。そろそろ家に近いし、早川はほっと息をつく。空の星が綺麗だ。
 だが、次の瞬間、早川の顔つきは変わった。人の気配を感じたのだ。なんだとばかりに振り返ったとき、痩せ型で背の高い人物の人影が見えた。
「ひっ!」
 早川は恐怖の声を上げ、思わず腰を抜かす。
 相手の正体を見極めようとしたが、人物の着ているものも黒く、夜に溶け込むようだ。だが、闇になれた目は、わずかな外灯の光で相手の容貌を判別してくれた。
 その相手の顔には見覚えがあった。
「ま、魔風先生じゃないですか。こんな夜にどうしたんです。」
 男はほっとした面持ちで彼を見上げた。魔風医院の医師、魔風竜之介に違いない。どことなく上品な顔立ち、ヨーロッパ系なのかもしれないが、そっと青い目をしている。真っ白な長髪は、肩で束ねられ、髭もよく手入れされている。人格者で、頼りになり、地域医療に身を入れてきた。人格と顔からか、ファンも多く、この地区の主婦達は一度は彼にときめくといわれている。
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