cheerful canary

□母の日
1ページ/1ページ



「お墓参り行こう」と言い出したのは彼女だった。

日は高く昇った麗らかな午後、犬夜叉は寝転がって頭を支える肘はそのままにがくりと項垂れた。

「…おめぇならそう言うんじゃねぇかと思ったよ」言って溜め息をつくと、彼女は思わず吹き出した。

「さすが、私のこと良く分かってらっしゃる!」

「うるせぇんだよ一々っ!!」






爽やかな五月晴れに喜ぶような若々しい翠。踏み分ける足元の草も柔らかい。
木漏れ日が悪戯に揺れて散りばめられた光の中を進みながら、二人はささやかな至福の時間を堪能していた。
息を思い切り吸い込んで香る…森の良い匂い。
そうして彼女はまた1つ桃色の花びらの付いた花を摘み取った。

「おい、もうそんくらいでいいんじゃねぇか?」

少し眠たそうに掛かった犬夜叉の声、「んー…もうちょっと欲しいかな」手元の花を見つめて物欲しげに呟いた彼女。白い花が欲しいらしい。

彼女が夢中になって周りを見回していると、ひらりと木の葉が一枚降ってきた。その先を何気なく追おうと視線を上げようとした瞬間、突然目の前に赤い衣が下り立った。ばさりと衣の靡く音がした。

「わ…っ!」

びっくりして目を瞑った彼女は、頬にふわりと触れた柔らかな感触と甘い匂いに片目を開けた。

「あ……白い花…」いつの間にか自分の手元に乗っかっていた大きな花弁のついた花から顔を上げた時には、犬夜叉は既に背を向けて歩き出していた。
銀色の長い髪が木漏れ日に輝いて美しかった。

「……」

少し赤くなった頬を、大きな白い花に埋めて静かに笑った。






『いざよい』平仮名で大きく彫られた不器用な文字を見て、彼女は小さく笑みを漏らした。
それは優しい母への思いを束ねた、優しい墓だった。

強い匂いの煙が出る線香は、一本だけ火を付けて添えることにした。もちろん犬夜叉が強い匂いが苦手だからだ。

立ちこめる香の品のある匂い、その横にさっき集めた花をそっと横たわらせた。

膝を曲げてしゃがんだまま、彼女は『いざよい』の文字に目を馳せて、静かに手を合わせた。

隣に立ったままの犬夜叉は、黙って墓石を見つめていた。
石の前に積まれたたくさんの花の甘い匂いが、優しかった『おふくろ』を思い出させる。
母親に会いに来たのは久しぶりだった。

墓の手前で手を合わせる彼女の元いた国には、母親に感謝をする日があるという。

年に一度のその日という今日。
けれどどんな理由であれこの場所に誰かを連れてくるのは初めてだった。

静かに目を伏せ手を合わせる彼女の横顔が、なぜか不意に愛しくなった。


『母の日』――また来年も、彼女と会いに来ようか。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ