単発

□恋慣れぬ彼の涙 R18
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 強引な口付けが嘘だったように優しく抱き上げられ、執務室からにゃん太の部屋に移動したのだと気付いたのは、柔らかいベッドにおろされた特だった。

「ここは我が輩のゾーンですからにゃ、涸れるくらい声をあげても大丈夫ですにゃー」

 柔らかい優しい声で、随分と物騒な事を言う。微かに身を震わせてシロエはそっと目を閉じた。定石ならばおうかがいのようにキスが降って来ると思ったからだ。
 けれど待ってもそれは降って来ない。どうしたのかと目を開けると、にゃん太は目の脇、――人ならコメカミと呼ぶだろう――を押さえて目を閉じていた。その表情からは苦痛が見て取れる。

「班長、あたま、痛い?」
「いや、情けないですにゃ。熱のせいですかにゃ」

 どこか苦しげにスカーフを解き、ベッドサイドに投げ捨て、ベストも脱いだのは苦しいからだろう。シャツ一枚の無防備な姿は、洒落者のにゃん太には珍しい無防備さだった。
 シロエが見とれている間に、深く息をついたにゃん太は、シロエの転がるベッドに横になる。大人二人が並んで寝るには少々手狭なベッドが重さに悲鳴をあげた気がする。
 にゃん太に眠る場所を譲ろうと身を起こしたシロエだが、その手首をしっかりと握られた。

「班長?」
「どこにも、いかせませんのにゃ」

 熱のせいか薄緑の大きな猫目が少し濁っている。それでもまっすぐに見つめられると、身体中の力を全て奪われるようだった。

「どこにも行かないよ、班長の所にいるから」
 
 なるだけ丁寧に微笑んだつもりだけれど、にゃん太にはどう映ったのか分からない。仰向けに寝転んだままでにゃん太が手を伸ばす。まるで、さっきの執務室のソファーと同じだと、シロエは微笑みながらその手を握り締める。

「違いますにゃ、ここに」

 にゃん太は喉の奥で微かに笑うと自らの口元を指差した。一瞬戸惑ったシロエだが、先ほどの執務室での事を思い出せば、にゃん太が何をしたがっているかくらいはわかる。
 ――班長、子供みたいだ……。
 つまりは、キスのおねだりなのだろう。

「班長、可愛い」

 いつもなら口にしないような事を言葉にできるのも、泉の呪いのせいなのだ。

「シロエちの可愛さには負けますにゃあ」
「もう、またそんな事」

 文句を言いつつも、顔を寄せて唇を重ねる。舌先が触れただけで跳ね上がりそうになるのも、泉の呪いが効いているせいなのだろうか。

「っは、ぁ」
「シロエち、舌を出して」
「へ、ぁ? し、舌?」
「そうですにゃ」

 素直に言葉に従って舌を出すと、その上をざらりと舐められる。紋章のあたりをくすぐられると、一気に身体中の熱が上がる。

「は、はん」

 にゃん太の上で、負担を掛けないように四肢を這わせていた体勢だったシロエの腰辺りで、にゃん太の手が不穏気に動いた。かと思うと、するりとズボンが下ろされる。寝転びながらこの手技はどういう事なのだと憤りにも似たものを感じながら、シロエは小さく首を振った。

「だめ、だよ班長、具合が、悪い、のに」
「ん? これはこうしないと治らない症状ですにゃあ。シロエちも、ですにゃ?」

 何も言い返せないのはその通りだからだ。
 しかし、ナイアードの泉の〈フレイバーテキスト〉では、激しい求愛行動にでる事もある、とあったはずで、媚薬のような効果があるわけではないと思ったのだが、にゃん太の指が下着の隙間から忍び込んできたのに気付いて、思考どころではなくなった。

「あ、っ、ちょっ」
「ああ、もうぬるぬるですにゃ。愛らしい」

 快楽に一番敏感な場所を撫でられ擦られて、羞恥と快さに訳が分からなくなる。

「あ、んっ、っく」

 自分で触ってもこんな風にはならない。快楽を感じる事は感じるのだが、それはただの排泄行為そのもののようにだ。
 けれど、にゃん太に触れられると足先から脳内まで、余す所無く快楽を刻まれるようなのだ。触るという行為は同じなのに、何がそんなに違うのか、シロエにはまるで見当もつかない。

「やっ」
「声を出すのが恥ずかしいなら、これを噛んでいるといいですにゃ」

 言いつつ、にゃん太はシロエの黒ニットの裾をたくし上げる。何かと思う間にそれを口に含まされた。自分の服の裾を、口に咥えている。まるで、現実世界で見たAVか何かのようだと、ちらと思った。

「んっ、んーっ」

 あらわになった胸元に、すかさず手袋越しの指が泳ぐ。もう片方の手はシロエの後に回って入り口をほぐし始めたところだった。

「まだまだ固いですにゃあ」
「んーっ、ん!」

 それでも自分の身体がやがて異物感を受け入れる事を、シロエはもう知っていた。
 しばらくほぐされて、散々前も弄られて、頭がおかしくなりそうな快楽に飲まれた時、にゃん太がまるで何でもない事のように口を開いた。

「シロエち、我が輩、まだ調子が悪いですにゃ。今日はシロエちが上になってくれますかにゃあ」

 膜がかかったような頭では、にゃん太の言っている意味がよく分からない。目を細めて首を傾げると、にゃん太の手が腰にかかり、ぐいと引き寄せられる。ほぐされた場所に熱い塊を感じて、知らず喉でのけぞりながら跳ねた。

「んっ」
「ここにこのまま腰を落せばいいのですにゃー」
 ――そんなに軽く言わないで欲しい。

 普段なら絶対に文句を言うところだ。
 けれど、もう、この熱を沈める方法を他に知らないのなら、シロエは大人しくその言葉に従うしかないのだ。

「ん――……ぁ」

 言われた通りににゃん太の上になって、塊を飲み込む。自分の体重がおもりになるこの体勢では、繋がる場所の密着率は他の体位とは比べ物にならない。そして重さゆえに、奥の奥までえぐられるという事を、シロエはまさに今、身をもって体感している。

「あ、あ、くるしぃ」
「無理しないで、ゆっくりでいい……そう、上手だにゃ」

 寝転ぶ相手の上で馬乗りになるこの体勢をなんと呼ぶのか、さっきから思い出そうとしているのに、思い出せない。

「んっ、やあ、も、キツイ、よ」
「っ――我が輩も、今日はそんなに持ちそうにないのにゃ。先に謝っておきますにゃ」

 何を、と問う前に、にゃん太の両手はシロエの腰に当てられ、それから揺さぶられた。

「え、んんっ、あ、あ、奥、まで」

 容赦なく揺さぶられて、奥の奥だと思っていた更に奥まで抉られる。痛みだとか、異物感の苦しみだとか、そんなものと混ざって、誰にも絶対に触れられるはずのない場所を、他でもない、にゃん太に暴かれる事に眩暈がする。
 肉体的には声を殺せない程の快楽なのだが、同じくらいに恐怖を覚えた。もう誰もにゃん太の代わりになどなりえないところまで来てしまったのではないかと。

「あ、ああ、やだ、こわい、こわ、い!」
 暴かないで、もうこれ以上、なかに来ないで――。

 そんな悲鳴をも、にゃん太は喰らい尽くしていくような錯覚にかられる。

「シロエち」

 シロエの腰にかかっていたにゃん太の片手がそっと頬に触れる。いつ流れたのか自分でもわからない涙をふき取られて、息が詰まる。

「怖いですかにゃ」
「う、ん」
「我が輩が?」
「ちが、う」

 怖いのは、自分がまるで知らない自分になってしまうことだ。
 けれど、それを上手く伝える言葉を、シロエは知らなかった。ひらすらに頭を横に振る。

「違う、ちがうんだ」

 ひたすらにそれを繰り返していたシロエをにゃん太は気長に見守り、しばらくしてそっと微笑んだ。

「シロエちは、シロエちですにゃ。これまでも、それからこの先何があろうとも。我が輩がそれを保障しますにゃ。それとも、我が輩の戯言など信用できませんかにゃあ?」

 きどったように片目を閉じるにゃん太は、いつもの頼れる猫紳士そのものだった。
 ――班長を信用できないなら誰の言葉を信用できるっていうんだろう。
「ごめん、ありがとう」

 瞬間、思い出したように腰をゆすられ抑えていた快楽が暴れ出す。

「あああ――っ、にゃん、太、はんっ!」
「シロエちはもっと預ける快楽を知った方がいいですにゃ」

 我が輩がそうできる相手でありたいですにゃ――。そう聞こえた気がしたけれど、絶頂を迎えた快楽の渦に飲み込まれて、その声は遠くなっていく。

 ――そうだ、忘れるなら何でも言えるな。

 以前から一度でいいから口にして見たかった事を恥ずかしげもなく言える。
 いつも愛称で「シロエち」と呼ぶにゃん太が、こうやって身体を重ねる時だけロールプレイを忘れたように「シロエ」と呼ぶことがある。その度に思っていたこと。

「あ、ああ、や、も、イっ!」
「っ、すまない」

 抉られた奥で迸る熱を感じながら、シロエもにゃん太の腹に欲望を吐き出した。いつもプレスのかかったような綺麗なシャツを自分の体液で汚した事に若干の罪悪感と背徳感が襲うことに頭を痺れさせながら、そのままにゃん太の上に倒れこむ。
 肩で息をするシロエを気遣うようなにゃん太の手が、そっと髪を撫でてくれるのを感じながら、シロエは小さく小さく呟いた。
「にゃん太」
 まるで対等の証であるような「呼び捨て」を戦闘外でした事は、このまま記憶外にはじき出されるとしても、シロエは心底満たされた気分だった。

「班長、ごめん、寝る、ね。〈フレイバーテキスト〉の検証は、明日、やるから」

 ようようそれだけを口にすると、柔らかいにゃん太の体毛に包まれて、シロエはそのまま眠りに落ちた。
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