単発
□続・慣れという名の
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円卓の集まりに俺はいつも顔を出しているわけではない。難しい話をされても俺にはどうもできないし、それなら俺にできる事を優先して行った方がいいだろうからだ。適材適所、というヤツだろう。
それでも今日、俺が円卓会議に顔をだしているのは、ほかでもない、シロに直接頼まれたからだった。
なんで俺、と思ったが、会議が進み話題が移るにつれなんとなく分かってくる。シロがちらちらと俺の方を見てくるからだ。
俺は円卓のテーブルにはつかず、壁際にもたれて座っていたのだけれど、シロの困惑顔くらいすぐわかる。
『直継ー』
『わかってるって』
目で交わすだけの会話でもそれくらいはできる。俺が立ち上がるのと会議室のドアがノックされたのは、ほぼ同時だったと思う。
一番ドアに近い場所に居たカラシンがノックの主を確かめると、聞きなれた声が響いた。
「失礼しますにゃ」
ひらりと緑のコートを翻しながら、大きめの籠を持ったにゃん太班長が顔を出したのだ。
――あれ。班長も来てたんだ?
そっとシロを窺うと、あからさまにほっとしたような表情をしている。そもそも、こんな風に会議中突然顔をだすなんて、班長らしくない。これはきっと、班長もシロに呼ばれたという事なんだろう。
会議の話題はちょうど雑談に近いような、シロの苦手な部類のものに変わっていたからだ。
雑談とはいっても、アキバの問題には違いない。最近出回っている〈媚薬〉の事だった。話の流れで薬の効能の話題になり、どうしても下世話な話になっていたのだ。唯一の女性であるマリエさんに気を使ってはいるが、むしろ食いついているのはマリエさん本人だったりするから世話ないというかなんというか。
この話題が出る事は、シロにもわかっていたのだろう。そんで、そういう話をするにはシロの経験値は高くない。だから俺を呼び、保険なのか班長も呼んだ。どうしても途切れさせたかったのだろう。
「よお、猫オヤジ、どうした?」
アイザックが手をあげ、室内が少し緩んだ空気に支配された。それを待っていたかのように、シロが声をあげる。
「ちょうどよかった、少し休憩しましょうか」
シロの提案に意義を唱えるヤツは誰もいなくて、そのまま会議は休憩に突入した。
「よ、班長」
挨拶がわりに手をあげると、班長はいつものように柔らかく微笑み返してくる。
「直継っち、お疲れ様ですにゃ」
「班長もシロの救出班?」
「まあ、それもありますがにゃあ。あ、お一ついかがですにゃ?」
班長は手にしていた籠から皿を取り出して俺に差し出してくる。その上には薄茶色の小さな四角がころころと乗っていた。甘い香りに誘われて手で一つつまむと、思ったより柔らかい感触にちょっとびびった。
「これ、キャラメル?」
「生キャラメルですにゃー。まだ試作段階なので、試食してもらおうと思って持ってきたのにゃ」
生キャラメル。これまた女の子達が飛び上がって喜びそうな甘いものだ。指で崩れ落ちる前に口に放りこむと、ふんわりとした甘さが口中に広がる。甘すぎないけど、物足りない甘さじゃない。
「美味い!」
「よかったですにゃー。さて。円卓の皆さんも良かったらどうぞですにゃ。甘いものは脳の疲労回復にもよいですにゃあ」
班長は円卓のメンバーにも一つ一つ生キャラメルを配ってまわっている。甘いものには興味ないとか言いそうなアイザックまで身を乗り出して班長の皿に手を伸ばしている姿はちょっと笑える。
その中で、シロだけは俯いたまま何か書類のような物を書いていた。会議の内容を清書でもしているんだろう。休憩前の話題では、ひたすら黙り込んで目を泳がせていただけだったが、事務仕事となれば敵なしで面白い。
その肩を班長が優しく叩く。
「シロエちも一休みですにゃ」
「ん、もうちょっとで終わりますから」
「試食がありますにゃ、食べますかにゃ?」
「んー、食べる」
シロは書類に目を落としたまま少しだけ首を傾けて、それから。そっと口を開けた。
――え。
きっと、そこにいた誰もの顔に浮かんだ一文字だろう「え?」が、誰かの口から零れるより早く、班長は開いたままのシロの口に、そっと生キャラメルを運んだ。
シロはまるで「いつものこと」のようにそれを受け止めている。柔らかい生キャラメルは上手く口に入らないらしく、シロは班長の指ごと舐め取っているようにも見えた。
「んっ」
「こらシロエち、指は食べられませんにゃ」
(手……)
(直手……)
(ほう……)
(あーん、だと!?)
(っていうか指……!)
(え、ええええ!? シロ坊!?)
(シロせんぱい……)
きっと文字チャット画面なら、それくらいの台詞が見られるに違いない。
――調教って、こういうことね、班長……。
前に班長に言われた言葉が蘇る。
『牽制というよりも、調教ですかにゃ。シロエちの周りには、くせものが沢山います故』
「あーん」を何の疑問も抱かず受け止めるように慣らしたのは、こういう時の為なんだろう。こんな風に折に触れ、シロが班長に何の警戒心も抱かず全てを預けている姿を周りに見せつけること、それをシロが自然に受け入れるようにすること、これが班長の「調教」なんだろうか。
――いい趣味してるぜ、班長。
「どうですかにゃあ」
「美味しい、何これ?」
「生キャラメルですにゃ」
「生キャラメルなんて作れるんだ?」
ここでようやくシロが顔を上げる。周りの生暖かい視線に気付いたのか、困ったように俺を見るのはやめてくれないだろうか。俺だってどんな顔をすればいいかわからないんだから。
「生キャラメルは意外と簡単に作れますにゃ。これはバターと砂糖と牛乳ですが、もう少し滑らかさが欲しいところですかにゃ。生クリームや水あめを使うのもいいと思いますが、なかなか手に入り辛いのですにゃあ」
なんともいえない空気の中、班長だけがいつも通り柔らかな笑顔で、この猫紳士に逆らうのだけは絶対やめようと、俺は心底思った。
終