単発

□慣れという名の
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 うちの食事は美味い。間違いなく美味い。そしてそれは、我がギルドの「凄腕ご隠居コック」ことにゃん太班長のお手柄というのは、アキバ全体に知れ渡る程、衆知の事実というやつだ。

「それは言いすぎ、ですにゃ」

 ふわりと笑ったにゃん太班長は手にした盆の上から、何か甘そうなのをテーブルに下ろした。まだ夕食には早く、時間的に言えばオヤツという所だろう。訓練から戻ってきた年少組達の帰宅時間に合わせた甘い物補給は、班長の気遣いそのものだ。

「うわー、美味しそう!」
「カップケーキ?」

 女の子達は食いつきが早い。さっきまで食堂のテーブルに突っ伏しそうな勢いだったのに、もう班長のオヤツに釘付けだ。

「マドレーヌですにゃー」
「え、それってジャムだろ?」
「それはマーマレードですにゃー」

 わいわいといつもの雑談が始まる。こういう空間が俺は割りと好きだ。

「直継っちもどうぞですにゃ」
「ん、サンキュ。で、班長、シロは?」
「お仕事中ですがにゃ、もうすぐ降りてきますにゃ」

 まるでその言葉が終るのを待っていたかのように、シロがひょこりと顔を出す。

「帰ってたのか、皆」
「おう、ただいま」
「お帰り」

 隅を作った顔に微かな笑みを乗せてシロが表情を緩める。無理するなとか、頑張りすぎるなとか、そんな言葉を掛けたくなるのはいつものことだが、それを言ってもどうしようもないことも分かっている。
 シロがやると決めた事で、シロにしかできない事だからだ。だったら俺は頑張れって言うしかない。その代わり、ぶっ倒れたら支えてやるって気持ちでいつもいる。
 それは、古い付き合いの班長も同じ事だろうと思うけど。

「シロエちも一休みしませんかにゃ」
「ん、もうちょっとで片付くから、仕上げてからにするよ」

 ひらひらと手を振って、シロが食堂から出て行こうとしたのを、班長が珍しく制した。

「では、味見だけどうですかにゃ」

 にっこりと笑ったままでシロに近づくと、班長はマドレーヌをそっとシロの口元に寄せる。紙のカップみたいなものに入っているマドレーヌの中身だけを取り出して、今すぐに口に運べる形、つまりこれは。
 あーん、という奴だ。
 班長が意図してやっているのかどうか、と俺は額を抑えたが、幸いというかなんというか、年少組達にはなんでもない光景に映ったようだ。自分達のマドレーヌに夢中になっている。
 とすれば、これはもしかして、俺に向けたパフォーマンスなんだろうか。

「ん、美味しいよ、班長」

 シロもシロで全く何も気にせずに、その「あーん」を受け入れているようだった。

 ――まじかよー。

 確かに班長の面倒見の良さだとか、家事能力だとか、母親みたいな存在だなあと思う事は多々ある。それでも、だ。班長は母親ではなく、れっきとした大人男性なわけで。そんな大人の男の手から、しかも直に食べ物を与えられるというのは普通、おかしいと思うものだ。でも、シロにはまるでそんな様子はないし、これが初めてという訳でもないのだろう。ようするに、慣れているのだ。

 ――シロのやつ、めっきり餌付けされてんなー。

 もぐもぐと口を動かしながら、シロはご機嫌で食堂を出て行った。それを見送った班長は、まるで何でもないことのように、さっきシロに「あーん」した指を、舐め取りながら、そっと俺を見た。その口の端に、何か言いたげな薄い笑みが浮かんでいるのはどういう事だろうか。

 ――もしかして。これって俺への牽制のつもりなんかな。

「あー、班長? 別に俺を警戒する必要はないと思うぜ?」

 年少組達に気付かれぬよう静かに声掛けると、班長はにっこりと笑う。

「勿論ですにゃ。直継っちはよく出来た子ですからにゃ、親友だと信じているシロエちの信頼を裏切るような事は絶対にしない男ですにゃ」
「あー、うん、そりゃどうも」

 つまりこれも釘を刺されてるって事なんだろう。ぶっとい釘を。
 まあ、本当に俺はそんなつもりないから、安全パイだろ思うんだけど。

「じゃあさ、別に牽制とかしなくても」

 すると、班長は細めていた目をすうと広げて、グリーンの目を光らせるのだ。

「牽制というよりも、調教ですかにゃ。シロエちの周りには、くせものが沢山います故」
「ちょうきょっ……」

 一人むせ返りそうになる俺に構わず、班長はトウヤに呼ばれて年少組の輪に入っていく。

「喉渇いた」
「ではお茶を淹れますかにゃ」

 ミノリを従えてキッチンに消えていく猫紳士は、いつも通りの穏やかで大人な姿に見えたけど、班長は気付いているんだろうか。シロの周りにいるくせものの一人に、自分も当てはまるって事に。

 ――まあ、俺はシロがいいなら何でもいいんだけどな。

 テーブルの上からマドレーヌを一つつまむと、ぽいと口に放り込む。現実世界の実家で時々食べたぱさぱさしてあまったるいのとは全然違う、美味い菓子に勝手に頬が緩む。
 美味しいと感じられるのは幸せなことだ。
 だから、これでいいのだ。

「師匠? ぼんやりしてどうしたのさ」
「んー? いや。今日もウチは平和祭り」



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