単発
□縁側の猫
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最初は『少し出てきますにゃ』だった。
買い出し班長でもあるにゃん太がギルドハウスを空けるのは普通の事で、誰も気に留めていなかったのだ。それが『一晩留守にしますにゃ』になるまでは。
にゃん太が外泊をするらしいという事に一番に食いついたのは、直継だった。
「そりゃお前っ! おパンツに決まってるだろおが! くう班長、ちゃっかりしてる」
「ちょ直継っ、声大きい!」
まだ十時とはいえ、年少組達は眠りについている。現実世界ではそう遅くもない時間かもしれないが、昼間訓練で体を動かしている年少組にとっては、夜十時といえどオネムの時間なのだ。
執務室で直継が大声を上げたくらいでは誰も飛び起きはしないが、なんとなく大声を出すのは、はばかられた。
直継の口を塞いでいた手を離しながら、シロエはもう一度大きく息をつく。
「やっぱ、そうなのかな」
直継が言うところの「おパンツ」の事だ。つまり。にゃん太の外泊は、女性関係、という事なのかと。
「まあ、マジな話さ、班長は大人だし。俺らの知らない関係も持ってるだろうしな。こんな状況だと余計にこう愛が深まる? みたいな事だってあるかもしれねえもんなあ」
俺らには全くないけども、と拳を握り締める直継だって三日月同盟のマリエールと夜な夜な念話をしていた事くらい、シロエは知っている。
直継はシロエにとって掛け替えのない存在だ。それは〈大災害〉後の〈エルダー・テイル〉において、もはや揺るぎの無いものになっていた。言葉にして伝えるなどという照れくさい事は絶対にしないが、自分と直継の間にあるものは紛れもない絆というものだろうと確信している。
「単なる仲間」ではなく「いわゆる家族」でもなく、直継は直継という存在感なのだ。それは自分を「主君」と呼び側にいてくれるアカツキとの関係とも似ていた。どちらも、シロエにはっきりと伝わり実感できる絆だった。
その中において、昔からの知り合いでもあるにゃん太との関係は少し違うとシロエは感じていた。それはにゃん太が常に一歩引いて、導いてくれるような所があるからかもしれない。けれど、それだけでなく、もっと根本のところでの違和感を、シロエは感じていた。
それを決定付けるような、今回のにゃん太の外泊は、少なからずシロエに衝撃を与えていたのである。
「彼女、かぁ」
「あれかな、やっぱ猫人族なのかな」
「いやでもさ、どうするんだろうな。セララ」
にゃん太を好きで好きで仕方がない、という気持ちが丸見えの少女の事を思い出して、シロエもそっと息をつく。色恋沙汰にはまるで無頓着なシロエでもわかる程の好意を向けられて、男なら悪い気がするわけがないと思うのだが、にゃん太はいつでも一定の距離を保っているように見えた。
それは、にゃん太が大人の分別でひいている一線なのだと思っていたのだが。
単に、他に恋人がいるから、だったのだろうか。
「可哀想だな、彼女」
「うん……」
むしろ、はっきりさせてあげた方がセララの為なのではないかと思ってしまうのは、大きな世話というやつだろうかとシロエは頭をかく。
「それにしてもさ、どんな人なんだろうな、班長の彼女」
もう直継の中では、恋人との逢瀬という事で落ち着いてしまっているらしい。
「よし、今度後をつけてみるか!」
「やめときなよ、悪趣味だって」
「なんだよ、シロは気にならないのか?」
気にならないと言えば嘘になる。それをわかっているかのような直継の好奇心丸出しの笑みに、シロエは言葉を飲み込むしかなくなってしまった。