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□たおやかに
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「この子、誰」
「君の仲間だよ」
元老院の特別室に、俺は呼ばれた。ここの空気はいつも乾燥している。水分が吸い取られてしまいそう。
「仲間…?」
特別室には、少女がいた。同い年くらいの、俺とよく似た髪色の。白い布のヘタっとしたワンピース1枚を着ている。へんなの。
「あんた、誰?」
俺の方をじっと見てるこの少女と、俺はどういう意味で仲間なのかわからない。こんな子見たことないし。
「…誰ですか?」
小さい声量なのにやけに通る声。この乾いた部屋でも少女の声はよく響く。
「俺が?」
「違います、私が、です」
「…は?」
相変わらず俺を凝視する少女は、声のトーンも変えず無表情で言うもんだから、その質問の意味を理解するのに少し時間がかかった。
「頭、大丈夫なの?」
「たぶん大丈夫です。でも」
ふと目を泳がしたのは、見逃さなかった。ああ、この子の目、オッドアイだ。左右で目の色が、違う。
「でも、なに」
「…へ?」
「その先言ってよ」
「いえ…なんでもないです」
…なんか、むかつく。言うなら、最後まで言えばいいのに。
この髪色とこの目の色といい、気に食わない。その上、この部屋入って見たときから、ずっと泣きそうな顔して、いちいち気に食わない。
「私、」
「…」
「私、あなたに会ってみたかったんです。ずうっと昔から」
「なに、それ。告白のつもり?」
髪だけじゃない。顔まで俺と、似てるのかもしれない。それは、気のせいかもしれないど。ああほんと、気に食わない。
「ある意味、告白というものですね。」
泣きそうな顔が、少し目を細め口角をあげた。
やめて、そんな顔すんの。あんたに泣き付かれても、俺は困る。俺に会いたかったなら、少しでも、嬉しそうな顔するとかできないの?気が利かないんだね。
「…俺とあんた、仲間なんだって」
「そういう言い方もありますね」
オッドアイが、俺を見つめる。相変わらず、泣きそうな顔しながら。
「どうして俺とあんたが仲間なの」
俺はこんな子、知らない。たぶん、仕事繋がりの子でもないと思うし。
仲間?少し胸がざわめく。
「私、行かなくちゃ」
オッドアイが俺を見る。俺は、この目が好きじゃない。あいつと同じ色だから。
「どこ、行くの」
「お父様のもとへ」
ざわざわと嫌な予感がする。少女は立ち上がり、ドアへと向かう。
でも、なんでだろう。俺はこの子を、ここで止めなきゃいけない気がしてならない。体が、血が、そう言っている。
「彼、私と同じオッドアイで、あなたとよく似た顔してるの」
俺が嫌いなオッドアイ。俺は自分の顔も、嫌い。
「お父様って、まさか…」
「あなたもよくご存じな、素敵な方よ」
胸のざわめきは、血のざわめきは、これだったのか。
素敵な方?どうかしてる。
この子の、いや、この子と俺の父親。大嫌いなあいつ。何度も殺してやりたかった、大嫌いなあいつ。俺らの父親。
「俺には、妹や姉はいないはずなんだけど」
「でも私とあなたの血は、半分同じよ。お父様の血で私達は結ばれてるわ」
だからなんだ。こんなにあんたが、気に食わないのは。あいつの血が、この少女にも流れてる。
「私、お父様が大好きなの」
「俺は、嫌い」
「お父様は、私を愛して下さるの。もちろん、彼はあなたのことも愛してるわ」
自分の父親を、彼と言うのに多少の違和感を、感じた。
あいつの愛情なんて、俺は知らないし、知りたくもない。
「あいつは最低なやつだよ」
俺は、自分の中に流れるあいつを憎む。今まで何度、殺してやろうと思ったことか。
「あんたの母親は?」
「死にました。私が幼い時、寝室で首からたくさんの血を流して・・・。でも、母も私もお父様を愛してるんです。私の全てを捧げるほどに。だから、傷つけられたって構わない。それが彼の愛情ならば」
吸血鬼の感情は、どこかが、なにかが、狂っている。
父親であるあいつは、酷かった。愛してる、と言って側近たちの血をむさぼり、命までも奪っていった。
そんなあいつの愛情を、この少女は受け止めるという。
「愛してます」
泣きそうな、顔。なのになぜ、うっすらと微笑むのだろう。
ああ、そうか。あいつがそうであったように、この少女も、狂っているのかもしれない。
「私、あなたを愛してます」
俺はこの少女が、気に食わない。
今にも泣きそうな顔をする、この少女が、気に食わない。
「仲間、家族、としてってことでしょ」
俺の胸のざわめきは、まだ続く。この感情と血のうずきが、目の前の少女のせいだとしたら、きっと俺も狂っているんだ。
「愛してます」
「…」
「今日は、それを伝えたかったんです」
俺らはあいつで結ばれている、仲間。血の繋がりをもっている。血が言っている、これは別れの挨拶だ、と。俺にはわかる。
「あんたに会えて、よかった」
もうきっと二度と会うこともない、俺の仲間。
「さようなら」
あいつの血が流れてるあんたが、憎い。泣きそうな顔するあんたが、憎い。
これは、愛してる、そんなものよりもっと深いんだ。
『誰ですか?』
最初のあんたの言葉が、ふと頭によぎった。
あんたは、誰?
俺らは、何なの?
何って、あいつの娘と息子だよ。俺らの血には、あいつの毒々しい血が流れてる。あんたの瞳はあいつに似てるけど、俺はそれが嫌いじゃない。
さようなら、愛しい人。
俺もあんたを愛してるよ、きっと。
その少女が、あいつに殺されたと知ったのは、あれから4日後のことだった。
たおやかに
死ねたなら
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