宝物

□Leseratte さつき様より
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君恋 ///神→アレ/原作



「お前は俺を好きになるよ」

預言者気取りの言葉は彼のキャラクターに全く似つかわしくなくて彼でも冗談を言うことがあるのだなあと思った。







君恋







「どこかで頭をぶつけましたか。それとも変なものでも拾い食いしたんですか」
「失礼な奴だな。人が愛の告白をしてるっていうのに」
「…あれをアイのコクハクと言いますか」

どこがどうなればそんな答えが出てくるのか、彼の思考回路は果てしなく謎だ。
そこまで会話をしておいて、ようやく最初の台詞が不可解かつ不愉快なものであるという結論にアレンは達した。

「僕は同性同士の恋愛を真っ向から否定はしませんが、対象が僕自身なのは真っ平ごめんです。誰が好き好んでそんな非生産的な関係を築きたいと思うんですか」
「まあ普通そうだな。俺も女の方がいい」
「そうですよ。いい匂いするし、どこもかしこもふかふかしてるし、って何言わすんですか! というか俺も、ってえ? え?!」
「いや言わせた覚えねぇし。お前が勝手に言ったんだろ」

人の所為にしてもらっちゃ困る。
しかめっ面してそう言ったのはトンチキな告白をしてきた神田ユウ、性別男、一応アレンの先輩に当たる人物だ。

「そこじゃなくって! 女の方がいいって、それなら何も男相手に告白することないでしょう!」

と先程ついうっかり口を滑らせたためにむっつりスケベであることが判明したアレンは叫んでからはたとある可能性に気付いた。
その可能性はアレンに一筋の光明を見出させ、落ち着きを少し取り戻させる要因ともなった。

「そうか、嫌がらせですね。僕としたことがまんまと引っかかるだなんて」
「いや本気だ」
「やっぱりそうですよね。本気だなんて、…本気?!」

男相手に告白するだなんて体を張った嫌がらせをよく実行するなあ、ある意味感嘆に値する、と思ったところに落ちてきた爆弾。
投下した本人はニヤニヤしながらアレンの反応を楽しんでいるようだ。悪趣味。

(あんたそんなキャラだったっけ?)

くらくらする頭を押さえながらバン! と手をテーブルに叩き付けた。
こうなりゃ徹底的に問いただしてやろうという気持ちになったのだ。あれだ、毒を喰らわば皿までという奴だ。

「おかしいじゃないですか、女の子がいいんなら女の子に告ればいいでしょう! 一応仮にも美形なんだからきっと断られないと思いますよ」
「なるほど、顔は好みだと」
「…っ誰が僕の嗜好の話をしてますか! さっきのは一般論という奴で、僕個人は例え美形だろうが金持ちだろうが男となんて真っ平ごめんなんですってば!」

ぜえはあ。
声を限りに主張しすぎて少々息が切れてしまった。
こんなに疲れる思い、後にも先にもこれ一度きりだと願いたい。

そんなアレンを尻目に、神田はクッと咽喉を鳴らして優雅に足を組み替えながらのたまった。

「女を相手にするのは自然だろう? ところがどういうわけか俺はその自然に抗いたいらしい。それも、お前と」
「〜〜〜僕はあなたなんかを絶対に好きになりませんよ」
「いいや、お前は俺を好きになる」

それまで浮かべていたどこかからかいを含んだ笑みを表情から消し、神田はまっすぐにアレンを射抜いた。

「だって俺がお前を好きになったんだから」

…何様のつもりだこのヤロウ。
言いたいことは山ほどあったが、何をどう言えば神田を凹ませることができるのかわからなくて、言葉を失ってしまう。
こんな人為的な失語症に陥ったのは初めてで、怒りのあまり頭が真っ白になるという事態もまた初めてで。
アレンは拳を震わせながら固く固く心に誓った。

…女でも、男でも、幽霊でも、宇宙人でも、化け物でも、ノアの一族(!)でもいい。
でも! この先どんな相手と恋に落ちるとしても、こいつとだけはない。
絶対に、ありえない!

こうして今まさにこの瞬間、戦いの火蓋は(一方的に)切って落とされた。



「そろそろ好きになったか?」
「なわけないでしょうこのボケが」
「毒舌なところも可愛いと思う」
「塵になれ」

照れ屋なところも可愛い。
ぬけぬけとそんな台詞を吐く神田の口を誰か塞いでくれないだろうか。
いっそ縫い合わせてくれてもいい、と物騒な考えを抱きながらアレンは足早に廊下を歩き、後ろから付いて来る神田から距離を取ろうと必死だった。

この間の告白劇から神田は顔を合わすたびに「お前は俺を好きになる」と繰り返し、アレンがどれだけ否定してもまるで意に介さない。
どんな精神構造なんだと、神田を凹ませてやると息巻いていたアレンが辟易とするくらいなのだから、そのタフネスさはもはや人の領域を超えているかもしれない、とは彼らの同僚である赤髪の彼の言である。

「しつこい男は嫌われますよ」
「でもしつこくしないとお前信じないだろ」
「別に信じようが信じまいが僕の勝手でしょう」
「なら、俺がお前に信じられる努力をしようがしまいが俺の勝手というわけだ」

ぐっ、と揚げ足を取られたアレンが言葉に詰まる。
確かにそれはアレンの干渉できるようなものではない。
だからといって許せるわけでもなかったが。

どう切り返せばいいのだろうかと考え込んでみるが上手い切り返しは中々思い浮かばなかった。

「なあ気付いてるか?」

いつの間にか立ち止まりアレンから数歩分後ろにいる神田が歌うように言いながら笑う。
自身の優位を絶対的に信じている、そんな笑い方だった。

「お前、俺のこと嫌いだなんて言ったことがないんだぞ」

その言葉に目を丸くさせたアレンをまた神田が笑う。
でもそれはいつもの人を苛立たせるような悪意のあるものでなくて、好意に満ちたもの。
好きで好きでたまらなくて、だからしょうがないなあ、ってそんな笑い方。
アレンはそれを認めて呼吸を忘れた。

そんな笑い方ができることを知らなかった。
そんな風に笑うための感情が備わっていると知らなかった。
そんな大切なものを自分に丸ごと傾けてくれるなんて、思わなかった。

「っそんなことはない!」
「そんなことはある。お前、男相手は真っ平だとか、好きにならないとか言っていたが、俺のことを“嫌い”とは言ってない」
「それが何の根拠になるって言うんですか! 僕にあなたと付き合うつもりがないことは明白だ!」

ああ、そうだな。自分のことだろうにまるで他人事のように神田はそう言った。
その態度にアレンは混乱してしまう。

どうして彼は堪えないんだろう。
最初は断るだけだった。
けれど懲りずに何度も同じことを言ってくるので、ついキツいことを言ってしまう。
大抵その場の勢い任せだが、言ってしまった後にさすがに言い過ぎたと自分でも思うことがあるくらいだ。
嫌われてもおかしくない。なのにどうして未だに好きだと言ってくるんだろう。

「…俺は愛したがりだからな。愛されたがりに惹かれるようにできてるんだ」

いつの間にか俯いていたアレンがその言葉に反応して顔を上げる。
その顔を見て、途方にくれた迷子みたいだ、と神田は思った。

「お前は愛されたがりだ。それもとびきりの。だからお前は俺を好きになって当然なんだよ」
「嘘だ!」
「なぜ?」
「なぜ、って」

決まっているじゃないか。
これまでだってずっと繰り返し言ってきた。男相手は嫌だと。

「だって僕は君のこと、」

嫌いだと続けようとして、迷う。

言ってしまえばいい。
そうすればこの煩わしさから解放されるし、そのことで彼が傷つこうが知ったこっちゃない。
この男のことだ、自分に嫌いだと言われたところでへこたれるわけがない。

その一方で、でも、と囁く自分がいる。
もし本当に本気なら?
好きだと言ってくれている相手をそんなに傷つけたいのか、自分は。
確かに嫌がらせのようなあれこれだったけれど、そこまでする正当性を自分は本当に持ち得ているのか?

迷って、妥協してこう言うことにした。

「…好きじゃない」
「ふうん?」

余裕のある顔にムカッとした。

「好きじゃない! 僕は神田のこと、全然好きじゃない! ちょっと、聞いてる?!」
「うん」

でもどうしてか、好きじゃないと言っているのに神田は自分がそう言うたび嬉しそうな顔をする。
マゾか。この男はマゾだったのか?
真性ならちょっと手に負えない。いくら好きだからって限度、が、

(あ。)

あああ!

アレンは雷に打たれたような衝撃を受けた。
今、自分はなんと言った?

「なあ、往生際が悪いぞ。そろそろ観念したらどうなんだ」
「ありえません」
「素直じゃないな、まあそんなところも好きだけど」
「…ありえません」
「何がだ? 男同士の恋愛が成立することか?」
「…世も末ですね」

頭の固い奴は時代に置いてかれるぞ、と続けようとした神田は静止した。
真っ赤になって怒っていた相手の顔は未だ赤い。
赤い、けれど。その意味合いが少し違うよう、な?

「世も、末です」

赤い顔で視線を逸らしながら言われたその言葉がじわじわと内に染みて、理解できたときには神田は腹を抱えて笑い出していた。
そのことにアレンは「ちょっとどうして笑うんです?!」と憤慨していたが、その様子さえも神田には笑いのツボでしかなくて、終いには床に片膝を付く始末。

それでもどうにかこうか笑いを収めると、膨れっ面の相手に手を伸ばす。
ずっと触れたいと思っていた頬を指の背で撫でて髪の毛を掻き揚げた。
ピクリと体を震わせた相手の様子が愛おしくて、そっと腕の中に閉じ込めることにする。

「ま、いいんじゃねぇの? ちょうど世紀末だし」
「ははっ! それは、確かに!」

お互い顔を見合わせてぷっと噴き出すと、ゲラゲラと大きな声で笑い始める。
初めてのキスはそんな色気のない雰囲気で交わされた。








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