鬼閻 艶

□感謝の日
1ページ/2ページ


副官が身震いの仕草をした。寒さなんてわかんないくせに。

「気味が悪い」

「君が言うなよ。
 これね、今日の分の書類、ちゃんと出したからね」

多分、苦手な書類仕事がいやに早く仕上がったから驚いているんだろう。
いつも通りじゃん、と言えないとこがオレのダメなところなんだけど。

昨日から、ちょっと本気出して頑張りました。

「目の下、隈が出来てるぞ」

「君の血色の悪さに比べればマシな部類でしょ?」

徹夜は、してない。とりあえず。

「張り切りすぎて倒れるなよ」

「大丈夫だってば!
 本日のオレはやる気ンマンマ」

「始業時間前からご苦労なことだ。
 何を企んでいる?」

きっとわかんないんだろうな。
言うに事欠いて企んでいるはないよな。

オレはどこのイタズラっ子ですか?さもなくば摂政ですか?

「いっつも迷惑かけてばっかだから、ちょっとしたご奉仕だよ」

「お前にしてはいいアイデアだ。
 確かに彼は真面目すぎるから、ここいらで休息をとらせてもいいだろう」

おお、誰にとは言ってないのに通じたって大した進歩だな。

感慨に耽るオレに、デカい右手が伸びてきた。

「泰山府君、訊きたくないけど何がしたいの?」

帽子の上から頭撫でられても困るんだけど。わしゃわしゃ撫でる手は不器用だ。

「誉めている」

「うん、府君!
 一つ教えてあげよう。
 オレは君より年上だからね」

保育園でやってくれよ。悪意はないんだろうけれど、天然がすぎる男は首を傾げた。

「私より背が低いからいいんじゃないのか?」

「そこかよっ」

君の基準がお母さんにはわかりません。

「おはようございます」

いつもピンと背筋を伸ばした鬼男君がご出勤。今日は片手にカプチーノ。ちなみに昨日はバナナだった。どんな趣味だ。

「おはよう。
 さて、ちゃっちゃと片付けるか!」

鬼男君がスタスタ窓に向かって空を見上げる。
現世じゃないんだから、雨は滅多に降らないのに。

「鬼男君、それ、オレに対して失礼すぎ」

「いえ…霙、雹、もしくは血の雨が降りそうだと思いまして?」

「最後が人為的で怖いっ」

降ったらやだよ、こわいじゃんか!
寧ろ、日々降らせてるのは君だろう?

そんな冗談はさておき、お仕事開始。





「終わったー」

「…降ってない」

「だから、確認しないでよ!」

どんだけ失礼なんだ君は。
どれだけ信用ないんだオレは。

と、それは置いといて。

「ほら、半休になったから。
 今日はもう帰っていいよ?」

明るく言ったつもりなのに…鬼男君が凄く怖い顔でこっちを見ています。

なんで?
ここは、感謝するか、いつもみたいに辛辣な言葉を照れ隠しにして感謝するところだろう。

黄の混じる褐色がオレを睨んでいたかと思うと、いきなりツカツカ歩み寄ってきた。

椅子に座っているオレを見下ろす。

「お、鬼男君?」

「はい」

「な、なんで怒ってるの?」

「大王」

銀糸のキラキラな髪、健康色の褐色。ワイルド系なのに理知的な雰囲気。
本当にいくらでも女の子が寄ってきそう。渡す気はないけど半休にナンパにいくくらいなら、まあ許せる。

けれども、深刻な顔には、そんな冗談言う気にはなれない。

「僕を追っ払いたいんですか?」

「はい?」

何を、勘違いしていらっしゃるんでしょう?

オレが鬼男君を追っ払いたいのは腰が辛い時だけです。

「ち、違うよ?
 なんでそう思うわけ?
 オレは…、君にちょっと感謝しようと思ってだね」

「大王もこの後オフですか?」

おおう、切り替えが早い!

「うん…、オレもオフだよ。
 ぶっちゃけ、眠たいから、お昼寝しようと思うんだけど」

瞼がくっつきそうなんですよ。
ほら、こうしている間にも、瞼が降りてきて、ふわふわーと。否、これマジで浮いてる!

「うわっ、鬼男君何してんの!?」

「担ぎ上げてますが、見てわかりませんか」

「必要性がわかりません!」

暴れる甲斐もなく持ち運びはなされる。

威厳ないな、皆無だよオレ。
仕方ないと言えば仕方ないんだけども、自分のなよっちい腕がなんとも切ない。

肩に担ぎ上げられたまんま暴れたもんだから、温まってまた眠たくなってきた。

眠りの薄くとも抗い難い膜の外で会話が聞こえる。

『午後はオフだそうです。
 貸し出し許可をいただけますか?』

『うむ。
 あまり目立つことは避けてくれ、沽券に関わる。
 それの私室まで送ってやろう』

府君?
何の貸し出しの話だろ?人頭幢とか?

鬼男君がアイツ等と話したいことがあるとは思えないんだけど沽券に関わるような貸し出し物には生憎、心当たりがない。

『ありがとうございます』

『あまり哭かせてやるなよ、君にご奉仕するんだとそれは…』

どうやらもしかしなくとも、貸し出されようとしてるのはオレのようです。





なんかスースーするな、と思ったのと、目が覚めたのはどっちが先立っただろう?

寝台に寝かされてるな、って思ったのが最初かな。

目を開ける、最初に視界に入ったのは銀色。

四六時中一緒ってわけじゃないから、目が覚めて一番最初に見るものが好きな人、とかベタベタなシチュが好き。単純にわかりやすい幸せの形じゃないか。

「おはよー」

「あ、動くな」

起き上がろうとしたら顔面に手のひらがぴしゃり。
痛くないけども、なんかが挫けた。ちくしょう、ツンモードに移行してやろうか。

当の鬼男君は何やらもぞもぞと手を動かしている。
比較的至近距離。
くすぐられているような感覚に身を捩ろうとすると、無理矢理固定。

眠りを引きずっててロクに動いてくれない体を放棄して、もう一回寝入ろうにもゴソゴソやられ続けては気になって眠れない。

「もういいですよ……って何をふてくされてんですか」

「自分の胸に聞いてご覧よ」

ツンと、相手の胸をつつく。

ん?これはオレの腕だよな。
着替えた覚えもないのに視界に入った服が違う。

いつもの仕事着はこんなにひらひらしてないはずだ。
色は似てる、でも形状が違う。

慌てて半身を起こして見やる。

スースーの原因が解けると共に、もう一回夢世界に帰りたくなった。

「何故にメイド服……!」

「セーラー服がオッケーならメイド服もオッケーでしょう」

しれっと言いやがりました。が、なんの理屈だそれは!

基調は黒、でおまけは白いエプロン。

スカートは膝上十センチ、短め。

白いハイソックスには可愛らしいレースの縁取り。

太ももから臑三分の一だなんてかなり露出過剰。

足は隠そうよ足は。

スカアトは節度ある膝上ギリギリでハイソックスで、膝小僧が見えるくらいがよくないですか?

って話がズレてる。
落ち着けオレ。


理をもって接すればなんとかなる筈だ……多分。

「これ、もしかして鬼男君の趣味ですか?」

「いえ、違います」

と言いながら、カチューシャ(りぼん付)装着完了。

説得力がない!

「書記長が、『奉仕するならこれだろう』ってことで買ってくれました」

「……あいつ、なんでオレのウエストとかサイズ知ってんだろうね?」

「さあ」

子供のおかしな一面をこんな形で垣間見ようとは!

っていうか「ご奉仕」ってのは言葉の綾だよ?

奉仕活動ってボランティアでしょ?
メイドさんはお給料もらってんだから奉仕者違うじゃん!

「君も君だよ…、オッサンにメイド服はないよ。
 しかも何だよこの完璧加減は!全部着せるなよな!」

「靴はありますが、下着はありません」

「下着まで替えられてたらマジで泣くよ?!」

女物の下着だけはマジで勘弁だ。後水着もね。キツいじゃんか。見苦しいし。

寝台を見下ろすと黒い革靴はっけーん。
完璧主義者って怖い!

チクチク刺さる視線が痛い。上から下まで、マジマジと見られると本当に恥ずかしい。
配色似ててもこんなメルヘンなの似合う筈ないっしょ?

「相変わらず女装がサマになりますよね」

半ば呆れられてる気さえします。

似合ったら似合ったでどうかと思う。
冥土とメイドでオヤジギャグだ。ブリザード必至の。ああ、息子のギャグセンスまで頭痛のタネになるなんて。

セーラー服ならいいんだよ。
いいじゃんか、中有で閻魔でセーラーの意外性ある組み合わせが好きってことで!

鬼男君、視線が痛いです。自分で着せちゃったくせに、そんなにマジマジと見るなよ!心拍数が上がるだろう?!

上から下へ行き来する視線が、ねっとりねっとり軌跡を残すみたいだ。もっとソフトな言い方をすれば、物欲しそうなおねだり顔だ。ちょっぴり幼く見えさえする。

「…なに、ご奉仕してほしい?」

「どっち方面まで可能ですかね」

なんかもう、気分はイメクラだよ?
まあ、別にいいんだけども。

靴を履いてみる。オレの方がちょっぴり背が低いんだけども、ちょっと膝を折って、頭をぺこり。

「なんなりとお申し付けくださいませ、ご主人さま」


まあ、いいじゃん。たまには逆でも。

「お運びちゃんでも、炊事でも、三助でもご奉仕したるぜ鬼男君」

もうどうにでもな〜れ〜い。

なんて、ちょっとやけっぱちだったりして。


.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ