パロディ

□知らない両想い
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只管に、その長い指が好きだ。
節が太くて大きくて、ちょっとゴツくてセクシーで。ずうっと見ていて飽きないし、彼さえ許してくれるなら、一日中ずうっと見ていたい。
その横顔だとか、首筋から肩にかけてのラインだとかも、勿論好きだけれど、ぶっちぎって彼の指を愛してる。

今まで特に指フェチだとか、そう思ったことも全くない。
大体、ゲイじゃあないし、グラビアアイドルのセーラー企画にときめいちゃえる普通の男のつもりだ。

なのに、たまたま写真部の部室を見下ろした時に、雷に撃たれちゃったわけだ。
劇的に恋しちゃったわけだ。

ほんの些細でとるに足らないような光景。

こっちは西日でちょっと眩しいけれど、その光の輪から外れてひっそりとしている部屋に一人だけ。

今と同じように、彼はカメラのレンズを拭って、器用に、なにより大事そうにカメラをバラしていた。

ちょっと爪が長くって、刺されたら痛そうだ、なんて思いながら、胸が高鳴る自分に驚いた。

ちょっと聞き込んで、名前を知った。なんだか運命を感じちゃうような、そんな名前。だけれども、オレとは正反対すぎて、近寄りがたいから話しかけたことはない。

一つ年下の彼は、褐色に日焼けして、いまどき珍しいようなまっきんきんの髪をしている。大胆に開いた胸元からシルバーのチェーンみたいなのが覗いていて、白いワイシャツと一緒にカプチーノ色の指を強調する。

未練がましくそれを見下ろして、ようやっとの思いで機材のスイッチをオンにする。
ボタンを押して、音楽を流す。曲名も知らないクラシックはゆったりとした調べをこの部屋ばかりでなく、彼のいる部屋をも満たしている筈だ。

音量を調節して、少し息を整える。

「全校生徒の皆さん、最終下校十分前をお知らせします。」





放課後、ひたすら時間をつぶすようになったのは、その声を聞いてしまったからだ。
朝は当番じゃないらしく、この声の主はマイクをとらないから。
初めてその声に会ったのは、お昼の放送だったけれど、この声を聞くにはこの時間が一番いい。

陽の光が長く伸びて、青を茜に染める。カチンとボタンの下りる音と、同時に流れるピアノの低い伴奏。主旋律が流れ始めて暫く経つと、マイクの主は小さく息を整える。いつも、同じところで。

「全校生徒の皆さん、最終下校十分前をお知らせします。
 速やかに後片付けをして、気をつけて下校しましょう」

いつもいつも、同じフレーズだけど、毎回少し違って聞こえる声。

透明。
第一印象はそんな感じだ。
印画紙には絶対に焼き付けられないもの。録音しても、とらえきれない、指から零れ落ちる水みたいなもんだ。マイクを通してしかしらないけれど。

放送室のある窓を見上げても、西日に反射して何にも見えやしない。だから僕は、声の主の顔も知らない。

五分前の放送の後、多分停止のタイマーをかけて彼は帰ってしまうんだろう。その姿を見ていたとしても、名前も知らないんじゃどうしようもない。

お昼の放送では名乗っているらしいのだけど、僕はそれを聞き取れた試しもなくて、(まさか騒ぐクラスメートに放送を聞きたいから黙れとは言えない)僕が知っているのは、その静かな声だけだ。

好きになるにしたって、声だけじゃあ足らない。
そんなことを言うヤツがいたら、力いっぱいぶん殴ってやりたい。

ならどうして、僕はこんなにドキドキするのか教えてほしいくらいだ。

中性的なその声は、早くも五分前を告げる。女にしちゃあ低いけれど、男にしては高い。
でも、多分男なんだろう。朗々とした声。

溜め息がこぼれた。
どうにも変態すぎやしないか僕は。




ボーっと眺めてたのがよくなかったらしい。
自分の方が写真にでもなってしまったみたいに固まる彼に、一緒になって固まってしまっていた。
長い指が鞄をひっ掴んだのを見て、慌てて駆け出す体たらく。

自分で放送したくせに〜とかなんとか当番の先生に言われそうだ。

暗い廊下を歩く。
足音が重く響く。
もうほとんど人がいなくって、学校が虚ろな容れ物になったみたいだ。

昇降口は遠い。
走る自分の足音と、別の足音が聞こえる。
なんて思っていたら、いきなりはね飛ばされて尻餅をつく。

「痛っ」

思わず言ってしまってから、見上げた人物はポカンと間抜け面。

新しい十円玉みたいな褐色は、夕闇に紛れてしまってたけれど、その金髪は反射にきらきら光る。

窓から見下ろしていただけの相手が目の前にいた。





ぶつかってしまった相手は豪快に吹っ飛んでしまった。背の割に細身であったらしい。派手に尻餅をつく。

「痛っ」

普段ならすぐ謝るところなのに、僕は固まった。

「だ、大丈夫ですか?」

「う、うん。ありがとう」

手をひっつかんで起こす。声と同じようにひんやりとしていた。

夕闇に、ぼうっと照らされる顔はきっと色が白いんだろう。オレンジ色になって、真っ黒い髪をより黒くする。
上履きの色をちらりと確認する。赤いライン。つまり一つ上の先輩。

やっぱり男だ。
でも、がっかりはしなかった。

「放送委員は、とっくに帰ってンだと思いましたよ」

一瞬、滑稽なくらいに目を見開いてから、もじもじと口ごもる。今日はちょっとぼんやりしてて。初めて聞いた個人的な台詞が遅刻した彼女みたいってどんなだ。

「それにしても、よくわかったね、オレが放送委員だって」

愚問中の愚問に零れた苦笑いは、彼じゃなくって僕に向けて。

「あんたの声、特徴的ですから」

そっか、と彼は照れ笑いに似たような、声に見合う笑いを浮かべた。ようやく見た姿がこれだとは、ちょっと上出来なくらい。

「早く行かないと、君なんかは先生に捕まっちゃったら大変だよ、鬼男君」

そう言って、彼は僕の裾を引いた。
どきりとしたのはそれのせいではない。

「名前、なんで知ってンですか?」

ニッとやっぱり彼は笑う。
半分照れたみたいにして。

「競争しよう」

「は?」

「もし、オレよりも先に校舎から出られたら、教えてあげる」

僕の名前をもう一度、その声が呼んで、彼は駆け出す。

ああ、ヤバい。
思いが本当に形になった。

これが僕らの最初の話。




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