妹太

□君がため、惜しからざりし命さへ
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もう汚れた感情なのか
全て君の為だとしても


君がため、惜しからざりし命さへ


悲しいことなんかないのに、涙がこぼれ落ちた。

手にした剣には赤いような黒いようなものがこびりついている。
僕の足下には無数の屍。

この中に自分がいないことに心底安堵する。

もしも、僕がこんなところで死んだりしたら、あのバカ偉人は泣き喚くだろうか。
それとも、怒るだろうか。


左腕の感覚が薄い。
当分ジャージは着れないだろう。太子に怪我を気付かれてはならない。


あのアホは、きっと知っているだろう。

自分がどれほどこの国にとって重い存在か。

重要であり、
疎ましくもあり、
大事であり、
邪魔者でもある。

尊敬と憧憬の裏側に、恨みも妬みも存分に買いながら、あのアホは笑うのだ。

みんなその内仲良く出来る。
今はちょっと虫の居所が悪いだけだと。


その言葉を本気で信じているかは知らない。


ただ僕が信じたいと思っただけだ。

あのバカでアホでカレー臭くて、すぐに泣き喚くお人好しが、せめて無事でありますように。

修羅道にでも
地獄道にでも
喜んで堕ちよう。

死後の安寧より
現世の平和より
なによりも
僕はあのバカみたいに開けっぴろげな笑顔を優先したいから。


「カッコ悪い」

自嘲の言葉ならいくらでも思いつくのに。

それは理由の一部だけども、全てじゃない。

たった一言でいいのに。
僕にはその言葉を告げる度胸がないんだ。

何故欲してはいけないのか、
身分が違う、
才能が違う、
重みが違う。

僕なんかが欲していいはずのない。
次期天子、現神人。

ならば、せめて
その存在を護ろう。

ささやかな自己満足に過ぎないけれども。


そろそろ家に帰ろう。一度この血を洗い流して、馬子様にこの死体を処理してもらう手配をしなくてはならない。

歩く足も少しふらつく。

疲れが出たのか。

今日は少し数が多すぎたのかもしれない。

「妹子ーーっ」

幻聴が聞こえる。
あのアホがこんなところにいるはずがない。

「こらぁ!そこの妹子ーーっ!
 え?まさか他に妹子いないよな?
 兎に角、こっちを向かんかいこらぁっ!」

太子?

振り返ったと同時に聖徳全体アタック。

僕らは地面に転がった。


間違いなく太子だ。


「こ、このアホ!
 なんでこんなところにいるんですかっ」

「それはこっちの台詞だこのイナゴッ」

ムキーっと効果音付きで太子は怒っている。いや、怒っているんだよな?これは。

どうにもこの人にはシリアスのシの字もない。

「バカバカバカ〜っ。
 妹子も馬子さんもみぃーんなバカ!
 そう簡単に私を謀れると思うなよっ」

カレー臭が鼻に届く。
いつものアホジャージが目に入る。

ぎゅうぎゅう抱きついてくるから顔は見えない。

「ちょっと、太子!血つきますよ」

「そんなん今はどうでもいいっ。怪我ないか?妹子ご自慢ののびのび湿布も切り傷には利かないんだぞ!」

「だからそんなもの持ってないって言ってんだろこの芋虫がっ!」

ああ、全くもっていつもの太子だ。

この人にかかれば、シリアスだとかドロドロした抗争だとか、全部どうでもよくなる。

「左腕がヤバいかも知れませんが、他は無事です」

「薬師は呼んである、肩貸してやるから、ホレ」

「いや、足は平気ですから。
 普通に歩きますよ」

っていうかあんたひょろいもん。


薬師は、すぐに僕の腕を治療してくれた。
仕事には差し支えるだろうが、すぐに完治するとのことだ。

当分は馬子様の配下の数も増やしていただかなくてはならない。歯痒いけれども。

「なあ、妹子。
 私の為に随分と血が流されるな」

太子は治療の間ずっと経を唱えていた。

その意味を僕は知っている。

僕が手にかけた彼らも人間だった。
誰かに道具として使われたけれども、確かに人間で、生きていたのだ。

太子が経をあげたのは、せめてもの償いだったんだろう。

いつもの気の抜けた笑顔で太子は言った。

「みんなその内仲良く出来る。
 今はちょっと虫の居所が悪いだけだ。
 でも、妹子」

「はい」

「そのみんなの中にはお前も入ってるんだ。
 っていうか妹子がいなきゃ意味ないだろ?」

ぺちんと頬に、太子の手が触れた。

アホくさいこの笑顔が、僕にとって一番の価値あるものだから。
たくさん傷ついても傷つけても、尚汚れないこの手が大切だから。

僕は太子を護ろうと思ったんだ。

ならば、泣かなくてすむように
この手が、自分の涙を拭うことがないようにもするべきだろう。

「いてやらないこともないですよ」

「回りくどいっ」

太子は、両手で僕の頬を挟んだ。

「ずっと傍にいろよ妹子、摂政命令だからなっ。
 修羅道に堕ちたら全勝してやろう。
 地獄道に堕ちたら鬼にすら勝ってやろう!
 なあ、妹子」

「ありがたく拝命しますよ、太子」


その手をとって。
僕の命一つなら惜しくはないけれど、あんたはきっとついてくるから。

何よりもそれが、僕の存在を重くしてくれる。

寂しがり屋なこのアホジャージの隣は、僕の場所なんだから。


ハバタク羽与エタモウ
マダソノ胸ニ光ハ届クワ


【後書き】

善悪とはなんだろう。
歴史的視点に立った時に、善悪は存在するか否か。

某聖徳太子の研究書を読んだときに

「日本書紀」を母体とする観点に立つと

蘇我入鹿=素戔嗚尊
聖徳太子=天照大神

とかいう、日本書紀の位置付け。

…入鹿さんが可哀想だと思ったのが最初です。

それに妹太フィルターをかけたらこうなりました。

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