妹太

□【心音ビート】
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刻み続けろ
どうか止まらないでくれ



【心音ビート】



太子が変だ。
否、この表現ではきっと伝わらないだろう。

言うなれば
アホ偉人聖徳太子がいつもとは方向性を間違えて変なのだ。

「太子……」

「…私は絶対に動かん」

静かでもある。
いつもよりずっと大人しい。

が、

「カレー臭い…」

「もう!
 妹子は黙ってろってんだこの芋成人が」

…芋成人ってあんた。

太子は今朝から僕の背中にくっついて離れようとしない。

運良く謁見などはないから、いつものように騒ぎたてるよりは害がないのだけども。


話しかけても上の空、いつものように抱きつくわけでもなく、ただ耳をぺたりと背中に耳をあてているだけ。

「太子、何かあったんですか?
 …もし、よかったら僕に教えてくれませんか」

「夢を見たんだよ、昔の」

背中に手が当てられた。

何か、悲しい夢でもみたのだろうか。

この人は、くだらないことはいくらでも言うくせに、肝心なことには口を閉ざしてしまうから。

「おねだりあったら一つだけ聞いてあげますよ」

僕が譲歩してやるしかないのだ。
まあ、いつも通りのアホなおねだりだったら、この書類投げつけてやろう。

背中の太子がピクリと動く。


「あのさ…」

歯切れの悪い声。

「はい」

「…ぎゅうってしてくれ」

小さく告げられた言葉は随分と控えめなおねだりだった。

「仕方ないですね」

筆を置き、背中の太子を抱き寄せる。
普段よりベタベタしてこないのが不思議だが、ご要望通りに抱きしめてやった。

「…やっぱりこっちの方がよく聞こえるな」

太子は僕の胸に耳を押し当て顔を埋ずめた。

「何がですか?」

「妹子の心臓の音」

なんとなく、どんな夢を見たのかわかった。
こうして太子を抱きしめていただろう人は、もうこの世にいない。

「僕は身代わりにはなりませんからね」

「当たり前だろっ!
 妹子は妹子だ。
 これは妹子ビートなんだぞ」

「なんですか、それは…」

人には固有の心音の速度があるのだと太子はポツポツ言った。


説法なんかもやるんだから、本当は話も上手いんだ。

「妹子はちょっと速い」

「そうですか」

「私の心音と丁度互い違いになる」

つれない奴だと太子は笑った。

「いいじゃないですか、歯車だって互い違いじゃなきゃ回らないでしょう」

「うん、それもそうだな」

太子は頷いて、顔を僕の胸に擦り付けた。
なんとなく、子犬や子猫やらの小動物みたいだ。

けれども、僕が手を首筋に当てるとスルリと離れてしまう。

「気は済みましたか?」

「おう!
 でもさ、」

「でも?」

「もうちまっと、聞いてたいかな」

「どうぞ?」

腕を広げると、太子は俯いて、耳を赤くした。
臍だけで恥ずかしがるこの男は、恥知らずなクセに妙なところでシャイだ。

「変なことするなよ?」

「あー、はいはい。
 仕方ないですね、太子は」


もう一度ギュウッと抱きしめてあげた。

さて、この甘えっこオッサン、どうしてやろうか。



《後書き》

太子はファザコンだと思う。



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