妹太

□最初の一歩
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今まで、欲しいなんて思ったことがなかった。


最初の一歩


人には上があり
頂点がある

その頂点たる者が大王であり、私はその補佐。

私の周りにいるものは全て下の者であり、思い通りにならぬものなどない。

そう教わった。


のに!
だのに!
なんなんだっこのお芋は!


「馬子さんの嘘つきー!」

この筋肉お化けときたらこともあろうに私の口を塞いで床に叩きつけてきた。

チクショー!
脊柱が痛むだろうがっ。

「太子いきなりなんてこと言うんですか、このジャージ野郎が!
 ……馬子様の耳に入ったらたたじゃすみませんよ」

「本当のことを言って何が悪いっ。
 妹子、馬子さんはきっと舌が三枚あるんだ」

そうでなければ、この聖徳デリシャス太子が今の今まで騙される筈がないんだから。

手で口を塞がれてもごもごとしか喋れない。
無礼なお芋はうえ、ベタベタだと言いながら、私の一張羅のジャージで手を拭いやがった。
しかも、素っ気なく背を向けてまた文机に向かう。

全くもってふざけている。
なんだってコイツは私にこうも冷たいのだ。

私は摂政だぞ!
そりゃあ、ちょっとサボってるかもしんないけどさ…。

「妹子」

「なんですか?
 いい加減、仕事の邪魔なんですけど」

背中を向いたままの声は竹中さんの住む池よりも冷たい。

あり得ん!涙腺が弛んできやがった。
おおっ、頑張れ私の涙腺!お前の防御力を私は信じるぞっ。

我慢我慢。

こういう時こそ三角座りだと父上が仰ってたじゃないか。
馬子さんと違って父上は嘘つきじゃないもんな。だって私の父上だもの。

それにしても、私ってばなんだって妹子なんだ?
優しい人ならいっぱいいる。
竹中さんはその一番だし、調子丸だって、馬子さんだってたまには優しくしてくれる。
斑鳩宮に帰れば、みんな私を大事にしてくれる。

…そりゃあ臭いとか言うけどさあ。

なにもこの飛鳥一の毒妹子を選ばずともいいと思うのに、なのに!
ああ、なんか悔しいぞ。
やっぱり馬子さんには舌が三枚あるに違いない。あの嘘つきさんめっ。
全然思い通りになんかならない。

妹子、こっち向きやしないもの。
この栗色でさらさらな髪だとか、ちょっぴり大きめで髪とお揃いな目とか見てたいのに!

ってあれ?

「太子、もしかして泣いてますか?」

「うぎゃああっ」


近い近い近い!
なんだいきなり。


壁にこの賢い頭ぶつけちゃったじゃないか。脳細胞減ったら弁償させてくれる、このイナゴが。

「い、妹子が悪いんだぞ」

「はあ?」

はあってお前!
なにこの液体窒素男。

「妹子が冷たいから局地的に雨が降ったんだこの蝗害野郎!」

「スイマセン太子、話がまるっきり見えません」

「よく聞きやがれこの五位男〜」


なんかもう涙腺決壊した。


この聖徳太子が心の内を語っているというのに、妹子はなんにも言ってくれない。
聞いてるのか聞いてないのかもビミョー。

話終わった後で
『なんか言いました?』なんていう風に言われたら、本当に妹子村作ってやるからな。

「話はわかりました。
 一つ申し上げてもよろしいでしょうか、太子」

「な、なんだ」

これ、毒妹子か?
なんか怖い、真顔だもの。よもやどこぞの弟子男が憑依したのではあるまいな?

聖徳勝ち目ないぞ、それ。

妹子は茶色の目を細めてにっこりと笑った。

爽やかノンフライ
スマイルゼロ円の微笑み。
私、こんなに綺麗に笑えないだろうな。

少し厚めの唇が少し開いて言葉を紡ぐ。

「ガ・キ」

「ぬぅわああっ!
 このぉこのぉっ」

私のトキメキを返しやがれえ!

摂政チョップの構えに入った途端に、額に手が置かれた。
なでなでと頭を撫でられる。

「妹子?」

「もうちょっとで終わりますよ。
 大人しくいい子にしてたら遊んでさしあげますよ、太子」

「本当に?
 本当に本当に?」

「…しつこいとなしです」

「うわあ〜
 妹子心狭い」

いつの間にか、局地的な雨が止んでいた。


妹子の手が温いからかもしれない。

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