連載パロディ

□中年の鬼(仮)015
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015



連想したのは、白熊だ。ポーラーベア。
体型は違うのに、なんだかよく似てる。

あの真っ白の体は、白い毛で覆われているのではなくて、実は透明な毛が反射によって白く見せている。透明ポーラーベア。ここにいるのは、生憎顔グロポーラーベア。
獲物のアシカだかオットセイはもう目の前にいるのに、選り好みしちゃってる変わり種。北極じゃあまず生き残れないだろうな。

「ねえ、オッサン、早く決めないとお買い物する時間なくなるんだけど」

結局あの後引き回されて、主だった美術館が閉館する四時までお供させられた。
それから社に車を戻して、バスで帰路についていたら、オッサンがいきなり手前で降りた。
その用事に付き合ってやったついで、と思ってコンビニに寄ったらこれだ。時間が勿体ない。お米研ぎたい。

「もうちょっと、勘弁してください」

そろそろ店員さんが不審がるよーっとなるべく大きく明るく付け足した。
否、こんな小手先のカムフラージュをぶっちぎって不審人物、要警戒、監視体勢ばっちしだろう。店員さんと彼の間に立たないようにして、ウロウロしているポーラーベアを観察する。

まるでお母さんに「お菓子を一つ選んでいいよ」と言われた子供だ。
否、この場合はお母さんでなく、自分の自制心に言われたんだろうけど。

さっき、和菓子屋さんに飛び込んだ時には、即決でどら焼きを箱買いしてたのに、スイーツだと何かしら羞恥心でもわき起こるんだろうか。やっぱり必殺「ご家庭用ですか?プレゼント用ですか?」「プレゼント用です」の誤魔化しが出来ないから悩むのか。

溜め息を吐いてみた。
出来るだけ大きく深く。
だけども肩がピクンと動いただけで決定には到らない。ご自分の容姿をもうちょいと自覚してほしいもんだ。
その辺、何故かオレの周りは揃いも揃って無頓着。信楽焼の狸がいい例だ。

悩める白熊の脇から手を伸ばす。ロールケーキを二種類。スタンダードなのと、新発売のチョコレート。
どうもその辺で悩んでいたらしく、視線がちらちらとしてたんだ。

「ほら、行くよ」

元々買いたかった雑誌と一緒に、さっさとレジに持っていく。
オッサンは面食らっちゃったのか、後ろでまだポーラーベア。
やっとデザートコーナーから引き剥がせたオッサンを、店員の女子高生っぽい子が変な生き物を見たように見つめてる。
正面と後ろ姿のギャップに苦しんでいるんだろう。手が止まってる。

「ごめんねー、うちの兄貴、ヤンキーだけど甘いもの大好きでさー。実は前世がマリーアントワネットなんじゃないかと思うくらい。
下の者にバレるとなんていうの?示しがつかないっていうか、男が廃るっていうか、侮られるっていうか、まあ、かっこよくはないもんね」

「は、はぁ」

にっこり顔を笑わせる。営業スマイルはわりと得意部門。

「見ないふりしてくれると助かるなー。
だから、早いとこレジお願いできる?」

こくこく頷いてレジを叩き始める。
油を注し忘れたからくり人形と近い。多分、笑いたいのを堪えてるんだろう。
ちょっと想像しがたいもんな、前世がマリーアントワネットかもしれない、ヤンキーオッサン。
ピンクのドレスを着てレースのハンカチ片手に迷っているオッサンが頭に浮かんだ。我慢我慢だ、横隔膜。

ギクシャクレジ袋を渡されて振り返ると、渋い顔をしたオッサンと目があった。あったけど、無視。

お夕飯前なんて、一番混む時期に悩んでいるオッサンが悪い。
ピコンピコンと可愛らしい音を立てる自動ドア。
それをくぐるなり、オッサンはオレを追い越して睨みつけた。父さんよりか迫力がある。

「誰がマリーアントワネットですか」

「迷ってないでお菓子を食べればいいのに」

「…正論ですけど。何もあんなムチャクチャな嘘を吐かなくてもいいでしょうが」

「嘘は吐いてないもん」

誰が兄貴ですか、ムスッとそっぽを向いたところなんか、オレより年下みたいだ。
ショーケースの前で悩むなんて、したことがないもの。迷ったら両方買って、誰かと分けっこすればいいから。
一人暮らしなら、翌日に持ち越せばいい。栄養はイマイチでも、ゆで卵よりは豊かな朝ご飯だ。
正論ですけどね、とオッサンはやっぱり苦い顔をする。

「アンタくらいの世代にはわからないでしょうけど、僕らの世代はかき氷を頼んでフラッペが出てくると気まずいし、ファミレスでパフェを頼むのにも抵抗を覚えるんですよ」

「かき氷でフラッペは確かにちょっと嫌だけど、ファミレスのパフェごとき、別にいいじゃん、家で作れば」

切れ長の目がかっぴらかれる。眼球って本当に玉なんだなってわかるくらいまん丸に。
あ、奥二重なんだ。
夕焼け色の照明効果でかっぴらかれた目すらきれいに映る。
その年になっても顔が弛まないって奇跡だよな、と思いながら戦慄く唇を見守った。

「こ……セレブですもんね…パンがなければお菓子を食べるんですよね」

「こって何さ。
 違うよ、誰かがお誕生日とかだとゴメスさんが『レストランよりオレが上だ!』って張り切ってさ。すっごいの作ってくれるの」

尤も、ゴテゴテさせるのはバイクだけ、と決めてるのか、パフェもシンプルなものだ。
確かにあの味を混ぜ合わせちゃうのはもったいないし、オレも胃袋の大きい方じゃない。

「冬とかすごいよ」

「冬ですか」

「クリスマスもあるし、お正月もある。それに、家族の大半が冬生まれだからね。太子なんかお正月生まれだから、いろいろ大変。
君は七月だっけ?」

「そうですけど」

何故だか、訝しげに首を傾げる。

「じゃあ、今年からアイスケーキとかおねだりできそうだね」

「は?」

「え?お誕生日お祝いしに誰か来るの?田舎のお母さんとか」

「否、来ませんよ。おふくろは四十過ぎた息子より、六十過ぎた上様に忙しいです」

また路線の違うものを好むお母さまだ。確かにスタンダードかもしれないけれど、まだ何かのアスリートの追っかけの方が説得力がある。
もしかすると、息子タイプは逆に食傷気味で、エラの張った逞しい方にいっちゃったのかもしれない。予の顔、見忘れたか。

「来たら来たでありがたくないお見合い写真がプレゼントでしょうよ」

気重そうに言う彼に、ちょっぴり同情した。多分、一ミリ程。
実在するんだ、お見合い写真って。

「…ありがた迷惑ってヤツだね。
スイーツ男児なんだからケーキにしてほしいでしょ」

「スイー?なんですかそれ。さっきから話が噛み合ってないみたいなんですけど」

「大丈夫、問題ないって」

スーツにコンビニの袋って、どうしてこうも物悲しいのかな。是が非でも、ショッピングバックを買わせようと画策。
我が家にはゴメスさんのコレクションがあるにはあるけれど、コレクションであるだけに貸し出し許可が要るので。
持とうか?と言っても首を振られるだけ、誤魔化すなと言いたげの視線が返ってきた。

「七月十六日にお母さまが来るか、それまでに彼女作らないと、ゴメスさんが張り切る機会を与えることになるよーってそういう話。
だって、君は秘書でしょ。オレのでしょ?」

「なんですか、その超理論」

呆れたような顔からは、嫌なのかそうでないのかが読みづらい。
スイーツ男児だから、美味しいお菓子に手放しになるかと思ったらそうでもないらしい。

「太子だってうちでお誕生日会するんだもん、良相さんだってそうだったもん」

ていうか、オレはなんでこんなに必死になってるんだろう?

ピカピカの爪先がちょっぴり褪せて見えるよう。

ぷっと吹き出したような声が降ってきた。
当然、コンビニのレジ袋を提げた、二割落ちのオッサンの発した音だ。ショッピングバックも似合わないに違いない。別の意味で社会生活不適合者。
そのオッサンがクスクス笑ってる。中にロールケーキを二つ入れたコンビニのレジ袋を持って。

「…なにが可笑しいのさ」

「いやあ、アンタ、遊ぶ約束を断られたちっちゃい子みたいで。従兄の子が、丁度そんな感じで……拗ねちゃいましたか?」

「バッ…バカじゃないの!拗ねてるわけないじゃん!意味わかんない!」

「お誘い、ありがたくお受けしましょう」

笑った。
今度はクスクスでなく、にっこり笑った。営業スマイルじゃなくて、ごくごく自然に。
呆気にとられたオレの頭を、大きな手が覆った。わしわし。もしゃもしゃ。

「もういいですよね?」

したり顔で言うから、向こう臑を軽く蹴飛ばしてやってから駆け出した。

今日の買い物は全部持ってもらおう。そういう方向で頭をいっぱいにしないとやってられない。

頭の中で、痛いくらいに音がする。原因不明、正体不明。

乱れた髪を直そうとすると、きゅんきゅん不審な音がします。手で挟んだ顔が熱い。なれない寝床のせいで風邪でもひいたんだろうか。

蹴っ飛ばした石が弾丸のように飛んでって、落っこちた。
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