連載パロディ

□練乳、大さじ1 上
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わかってる。
わかってはいる。
自分がどれだけバカなのか。
幼なじみに教えられなくたって、そんなことはわかっているけれど、あんなに喜ばれたら抗えない。

ただ、それだけ。
そう、それだけ。
それだけなんだ。

刻んだキャベツを盛って、揚げたての黄金色をのせる。このくらいの年の子が、揚げ物好きだったり、ガッツリ食べごたえがあるものを好むのはありがちなことだけれど、トンカツってはならないのが鬼男君らしいところだ。いーざすすめーやキッチーンの世代じゃあないんだから、ちょっと自信を持ってしまう。あのレシピを教えてもらうのに、払った犠牲は数知れず。その甲斐があって本当によかった。
多分、隠し味がいいんだろうな、なんてほくそ笑んでみる。
聞けば驚きのそれは冷蔵庫の中、右ポケット。まだまだ十七歳になったばかり、大人ぶっても、男の子だ。

「はい、おまちどうさま」

「うわ、久しぶりですね」

「手間かかるからねー、普段はどうしても手抜きしちゃうしさ。」

最近、鬼男君は手伝ってくれないし、とチクリ刺してみる。
申し訳なさそうに視線を逸らすのがおかしい。

お互いに、父子家庭。
それも、周りには顔に傷のあるオッサンやら五分刈のお兄ちゃんやらが、すし詰めになっているような家庭環境。
小さい頃は、料理自体が物珍しかったのか、よくオレの横に踏み台を持ち込んで、衣つけのお手伝いをしてくれたんだっけ。小麦粉だけでいいよ、と言ってるのに、卵にもパン粉にも指を突っ込みたがって、彼自身の指もこんがり揚げられそうだった。

中学生までは、いっちょまえにエプロンとバンダナを巻いて、おっかなびっくり包丁を使ったりもしてくれた。
弟がいたら、こんな感じだろうな、と幼なじみに言ったら、だったらそんなお粗末なモン食わせてねえで腕上げろやとか辛辣極まりないことを言われたんだっけ。昨日のことのように思い出せるのに、伸びた身長がもう物差しじゃ追いつかない。
二人だけの食卓に、大きなお皿がどんとふんぞり返る。お誕生日にお味噌汁とか、どんだけ渋いんだろう、内心首を捻った。

「そういえば、今日本当に誰もいないんですね。ゴメスさんすらいないなんて、珍しい」

「本部で招集かけてるんだよ、会長さんの肝いりでさ。
今日は飲み会なんだって」

「あんなですけど」

ちらっと、オレの後ろを見る。
カウンターキッチンなんてこじゃれたものじゃない、昔っからのお勝手。シンクの上には衣づけの終わった俵型が所狭しと並んでいる。

「明日、鬼男君のお弁当にも入れたげるから、勘弁してあげてよ」

下準備をしている最中、「食いたいです!食いたいんです!」とごねられたんだから仕方がない。
この業界は、やたらと早婚か、さもなくば孫も出来る年になっての晩婚かの二択。オレも鬼男君も後者だけれど、どちらにしろ、美味しい手料理とは縁遠い連中が多いわけだ。
今は組長が未成年で年長者が多いとはいえ、山路組は元々最初のお行儀見習いの人たちが多く、若衆も多い。ちょっとした体育会系の部活動のようになってしまう。
そんなわけで、やっぱりノスタルジーを誘う子のメニューは不動の人気を持っているらしい。
ところが、オレの坊ちゃんは、不愉快そうにほっぺのあたりを引き攣らせた。

「アンタのこと、みんな気軽に使いすぎです。
アンタもアンタで僕の懐刀のなのに、いろいろ使われすぎなんですよ」

忘れがちだけれど、君は独占欲の強い子でした。

笑ってしまう口元を叱りつけて、前を向いた。
不愉快をそのままにぶら下げた君は、それでもしっかり手を合わせて、いただきます、を言う。

小さい頃から変わらないしっかりしたご挨拶だ。お箸を使わせても、そんな育ちのよさが透けて見える。お父さんの躾が良かったんだろう。
まず、一番最初に好きなものを食べて、食べきらずに、他へ行く。
そうやって食べるやり方も、お父さん譲りなんだろう。

七歳の息子と、五十の坂を上りはじめていた父親。
恥かきっこですよ、とか恥ずかしがってはいたけれど、どれだけ可愛かったか、オレにだってわからないわけじゃない。目に入れても痛くなかっただろう。もっと傍にいてあげたかったに違いない。
あの時だって、保身に走ったって良かったんだ。赤の他人なんて庇わずに、家で待っている息子の事を考えてくれれば良かったんだ。
この子の顔が徐々に徐々に、じりじりと父親に似ていくのに従って、ずきりと胸が痛む。

この顔によく似た死に顔を、見た。

今でもたまに、夢に見る。十年前のあの光景は、色あせずに瞼の裏に刻まれて、目を瞑る度に思い出される。その顔が、彼の顔にダブるのも、きっとそう遠いことじゃないはずだ。

「大王も、さっさと食べたらどうですか?冷めますよ」

「うん、いただきます」

端っこにちょっとソースをかけて、こんがり揚げたそれに、箸を入れる。
揚げるコツを教えてくれた幼なじみに感謝だ。おかげさまで、今では油に臆さず、果敢に勝負を挑める。
ほっこりしたお芋と、甘い玉葱。合びきは完全に脇役で、さくっと衣でくるりと纏まる。おちびさんも大好き、お惣菜の代表選手コロッケ。キャベツも千切りで大量にスタンバイ。
これと、なめこのお味噌汁。かにかまぼこたっぷりの海草サラダ、牛肉いりのピリ辛きんぴら。それから白いご飯、が鬼男君の好きな献立。お子様なようでいて、カレーやシチューにいかないのが実にシブイ。
名前のせいなのか、豆類はあまり食べてくれないのだけれど、野菜に対しての好き嫌いは小さい頃から殆どなかったのがありがたいところだ。小学生にごねられたら、高校生のオレはげんなりして白旗を上げつつ退散していただろう。

「坊ちゃん、あの時のオレと同い年になったんだね」

「そりゃあ、十年経ちましたし。
大王、ソースとってください」

早くも三個目のコロッケが彼の胃袋に消えている。
よくもまあ、そんなにたくさん炭水化物で炭水化物が食べられるもんだ。オレは一個で持て余しちゃうのに。
ご飯をかっ込む勢いが、掃除機か空気清浄機みたいだ。ご飯大好き、おいしいおかずがあればもっといい!といかにも健全。
仮に、同い年の頃のオレを連れてきたとしても、ご飯の消費量はまるで違ってくるだろう。それこそ、十年前の彼と、その頃のオレで等号が書けるんじゃないだろうか。考えてみたら、少しおかしかった。

「大王、僕の顔、何かついてたりします?」

「んーん、そんなことないよ。なんで?」

「さっきから、アンタ、締まりのない顔してますから」

関心もなさそうに、コロッケへ箸をいれていく。今のところはとりあえず、ご飯を詰め込みたいらしい。
この後、ケーキが控えているのを忘れちゃってはいませんか?

「しまりがないって…君さ、それでもオレが好きなわけ?」

「それとこれとは話が違いますから。
でも、好きですよ。そんなに確認したいなら、根性焼きしても、血判捺してもいいです」

「怖っ!もっと高校生らしい方向でお願いします!」

「じゃあ大王、ちょっと」

手招きしてみせる左手。吸い寄せられるみたいに、身を乗り出す。
角を突き合わせるように、ずいっとやってくる顔に、思わずたじろぐと、濡れた感触が唇を撫でた。


「ソース、ついてましたから」

「なにがじゃあ、だ……舐めるか普通……舐めないよ」

なまじ、キスをされるより、よっぽどいやらしい。
生々しいから、なのか。

「おいしかったです」

その感想は、料理の方で聞きたかったです。
自分の唇もペロリと舐めながら、彼もほっぺたを染めて、帳消しにしたがるようにご飯をかっこんだ。

タネに混ぜる練乳みたいな、甘ったるい空気。

恥ずかしがるなら、やらなきゃいいのに。

遅ればせながら、彼に倣ってコロッケを啄んだ。
大さじ一杯、加糖練乳。わからないはずなのに、少しだけ唇に甘さを残すようで。


****


要らん捕捉。



加糖練乳大さじ1は、じゃがいも六個分(四人前)の分量です。実際この時閻魔が作ったのは倍以上のような気がしますが、響きとして、大さじ1を採用しました。
お試しあれ!


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