鬼閻 甘2

□ただいま点灯中
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好きなものがあるってことは、とりあえずいいことだと思う。嫌いなものが多いよりマシだろう。

ふんわりとした雲のような白いクリームと、キツネ色に焼けたタルト生地。
メルヘン度に増して、食べづらさが上がっているとしか思えないそれを慎重にフォークで一口とり、恐る恐る口に運ぶ。

花が咲いたような、そういうふうに誰かが言っていったけれど、僕は敢えてこう言いたい。豆電球がついたよう。顔がぱっと輝いて「美味しい」と表示が出る。実に器用な表情筋。

自分で言うのもなんだけど、今日のヤツは本当に会心の出来映え。レモンクリームは甘すぎず酸っぱすぎず、さっくり焼いたパイ生地との相乗効果は我ながら完璧だ。

「欲張って食べ過ぎないようにしてくださいよ。夕飯食えなくなる」

「うー。お夕飯も鬼男君のケーキがいい」

「ちゃんと米を食え主食をとれ」

「お菓子だけ食べて生きてたいー」

「無茶言うな」

「オレなら出来る」

ゆっくりとケーキを口にしながらしょうもないオッサンは笑った。
確かに何日食わなくてもいい大王なら出来るだろう。以前は市販の菓子をぽりぽり食べているだけ、ととんでもない食生活をしていたらしい。
あの天国の死闘でトランクの中を知ることにならなきゃ、大王の壊滅した食生活を知ることはなかった。世の中何が幸いするか本当にわからないもんだ。

僕もケーキにザックリとフォークを入れる。口に放り込めば、控えめな甘さを際だたせるレモンの香り。ふんわりと口の中で溶ける。

「それだと悲惨です僕が」

「あ。そうか、流石に別種類用意なんかしてる時間ないもんね。オレがお菓子だと」

「僕もお菓子になりますね」

倒れます。
基本的に鬼は肉食なんです。

んーと眉根を寄せる大王陛下。
言ってわからないことが少ないのがせめてもの救い。わりに聞き分けはいい方だ。
はむはむとケーキを食べながら、はうっと嘆息した。

「しかたないなあ、ご飯も食べます。お茶碗の半分は」

「おー頑張りますねー」

「オレ子供じゃないんだけど」

大人しく頭を撫でられながら、ちらりと僕を窺う。

「精神年齢は似たようなもんです。つーか逆に年取りすぎて子供に帰ってるんじゃないですか」

「ぎゃん。あんまりだー」

言いながら紅茶のカップを差し出す。やっぱりちっともこたえてはいないんだろ。まあ、だてに長生きしてないってこった。

「飲み終わったら仕事ですからね」

「はいはい」

恐る恐る口をつけ、音を立てないように注意しながらおちょぼ口。熱いものは苦手らしい。
クリームと砂糖たっぷりのそれをゆっくりすすり、やっぱり豆電球が点灯する。

「この後の仕事は、やっぱり裁き?」

「はい」

「そういえば、男色地獄の方で毛抜きが足りないってぼやいてたみたいだけど発注すんだ?」

「いえ、まだだったはずです」

「早急にね」

「御意…つーか、今毛抜きの話って」

どうかと思います。それも拷問用の毛抜きだ。男娼の髭を引き、嘲笑った者への罰だっけ?随分細かいもんだ。誰だよ発案者。

休憩室のせせこましさにちんまりと収まってしまう大王サマは、だって今言わなきゃ忘れそうなんだもんと笑った。

「オレは髭伸びないし」

「ああ。良かったですね。あそこの人たちみたいに引っ張って遊ばれなくて」

「あれはやる獄卒の方も相当きっついと思うんだけど…。鬼男君、出来そう?」

「無理です。つーか野郎の髭引っ張って喜ぶ趣味はありませんし」

つるつるとした尖った顎を見る。まず、生えないとの真相を拝聴した時には随分ガッカリさせられたけれど、今思えば生えなくて良かった。肌触りのいい白磁には剛い毛はいただけない。大福がハリネズミのような武装をするくらいありえない。

ふーん、あの子たちも趣味ではないと思うよと苦笑いを浮かべて紅茶を干した。

どうだろう。僕ら獄卒も拷問考えたり、やるのが趣味だとは言わないが、仕事なんだから少しの楽しみを見出してみたりもするだろう。どっちにしろ大王には会わせられない御仁だ。要注意だ。

飲み終わったカップの片付けは後回し。ペタペタ歩く大王を前に、徒歩三十歩の会議の間へ移動する。

小さな頭にのる大きな冠がひょこひょこ揺れて、ことさらに小さく見える。
機嫌がいいときにはリズムよく揺れる。ちょうど、メトロノームとかいう機械みたいだ。

「あ、鬼男君」

出し抜けに振り返るもんだから、ぶつかる額と顎。衝撃。ギャ、と短い悲鳴。

「痛ってえな、舌咬みましたよ」

「そんな真後ろについてこなくてもいいじゃない…」

「いや、アンタの歩き方って危ういからつーか、三歩下がると妻になっちゃうんで一歩半にしてるんです」

「なにその至近距離」

あんまり意味ないよ、とぶすくれて、自分の額を痛そうに撫でた。
白い額がぽちっと赤くなって、痛そうだ。直接皮膚に傷がつけば治っちまうのに、こういうのは治りが遅い。すぐには消えないそれはうっすら桜色になった。

「はいはいスイマセンでした」

それに唇をつけると、桜色が顔中に広がっていった。つまり、赤面した。

「それで何が、あ、鬼男君、なんですか?」

「え、ええっと、用事は済んじゃった。さあーお仕事頑張りましょー」

前を向くなり扉をうんしょ、と開く。
なんだそれ。アンタって常々何がしたいのかわからない。

けれども、キスをした途端、その顔はぱっと輝くから。とりあえず言及しないで仕事再開。

ささやかな豆電球効果が、せめてまた二人きりになる終業まで続いてくれますように。



*****

瀬川がリクエストされた曲をまるっきり知らなかったので、こうなりました。
スイマセン、私には甘いがなんだか理解できていない模様です。
なにはともあれ菜月さま、リクエストありがとうございました!




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