中編

□すてきな恋
1ページ/1ページ

恋に唄えば8

すてきな恋

オレには、人には言えない秘密がある。二つ、いや、三つくらい。
それは、現世の人間は勿論、部下の誰にも絶対に言えない絶対の秘密だ。
それがわかった途端に、神威ある貴公子であるはずのオレのイメージがガタガタ音を立てて崩れてしまうから。

閉廷です、と告げる声を聞いて、隣の部屋に移る。
冠を脱いで、するするといろんなものを脱ぎ捨てて、余分なものを取り払えば、そこに残るのは痩せっぽちの女の子だ。
そうはいっても身長は七センチくらい伸びたし、胸だってワンカップは大きくなった、と思う。まずこれが秘密の一つ。
どうやら鬼男君がお気に入りらしい、スカートとブラウスを着て、軽くお化粧。最後に角のついたカチューシャをつければ出来上がり。
なにせ、隣を歩くのはこの役所の中でも五本の指に入るーー私からすれば一番の色男なので。
扉を開ければ、制服から私服に着替えて新聞を読んでいる彼がいる。女の身支度には時間がかかるけれど、あんまり文句は言わないあたり、彼は世慣れているんだろう。ちょっと悔しい。
今日はどこに行きますか、ううん、どうしようかな、昨日お買い物は済ませたから、と首に腕を回しながら言う。ぴったりくっつけばそれだけで胸がうるさくなって、何もかもが色を増して見える。鬼男君の金の髪だとか、ミルクコーヒー色の肌だとか、そういうものがグッとすてきになる。

「お部屋で映画を見よう!怖いやつ、血とか出ないこうじわじわ怖いやつ」
「いいんですかー、夜眠れなくなっても」
「そしたら鬼男君のこと起こして寝かせてもらうからいいよ。それか私が君を寝かせない」

言いますね、と笑われたから、言いますよって返す。だってもう何度となく繋いだ身体はいつだって君に触れてもらいたいのだもの。
差し伸べてくれた手を握る。節が太くて、色っぽい男の人のそれ。大きな手にくるまれていると少し安心、大きな身体に包まれているともっと。歌い出しそうなほど、泣いちゃいそうなほど、鬼男君が好き。好きって言葉じゃ足りなくて、いつもいろいろ考えるけれど、やっぱり二文字しかなくて、だけどそこからいろんなものが溢れてる。
仕事の時より低い位置から見上げる横顔が、握った手が、少し無口になるけど私の言葉にちゃんと返事してくれる声が、いろんなものにくっつく二文字。

お別れはくる。強制終了はいつも影のようにつきまとう。
だからっていって、私だけが特別じゃない。可哀想可哀想って頭を撫でてほしくなるほど、自分に酔いたくない。そんなことをするくらいなら、キスの一つでもほしい。
いつか、その時がきても泣くだけで終わりになんかしない。恋をしていたら、そんなの当たり前なんじゃないかな。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ