鬼閻 甘2

□とりかえっこキャンペーン
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「創造ってのは大事なんだよ。
世界然り人間然り動物然り、取り敢えずなんか創られたもんだってことになってるし、今だって人間は子供つくったり、作物作ったり、何かしら作る」

低音の声が言う。

「はあ」

僕の口からは妙に高いアルト風。

「兎に角、なんか造るってことがイコール生きてるってことだよ、わかる?」
「とりあえず、あんたが馬鹿だってことはわかりました」

「ひどっ!」

「頼みますから僕の顔でみっともない顔すんな!」

「うわああ!
オレの爪伸びた気持ち悪っ」

鏡越しでもなく自分とご対面。
よもや、こんなことになろうとは。




創世神、もしくは工芸神の孫息子として生まれたヤマ神こと現大王イカは、たまに創作意欲に駆られるらしい。
これがまた完全に下手の横好きというやつで、創り出されたのが象くらいデッカい鳥だったり、炎を纏う獅子だったり、(往生要集を参照されたし、あんなんばっかりいるから、鹿>ライオンとかいう馬鹿馬鹿しい図式が成り立つんだろう。)そして、たまに使えなくなるコンパクトだったりする。

この阿呆イカの本来のお役目は輪廻の輪と地獄の管理、及びそれに追随する破壊の抑圧や獄卒の統制。
要は維持するかぶっ壊すかの二択であり、創造は含まれない。

だからなのか、よくわからないものが出来る。
本来の力の用途とは違うからだろうとかなんとか。地獄の土壌のなせる技だとかなんとかかんとか。
中でもトラブルを起こすコンパクトが暴発して起こったのが今の現状だ。


机に腰掛け脚を組む僕。背中が猫背になっている。
しかも、頬を膨らませるオプション付。
自分の顔をこうもマジマジと見たことはない。鏡越しじゃないそれは見慣れてる筈なのに、違う。
中身が違うってのはこうも気持ちが悪いものなのか。一種の感動すら覚える。
兎に角、寒気がするのはこの薄着のせいだけではないらしい。

「それで、いつ元に戻るんですか?」
「わかったら苦労しない」

むすりと言った「僕」は、何を思ったのか、立ち上がる。
僕と大王の身長差、現在六センチ。
流石に姿が大王だとはいえ、冠をかぶるわけにもいかなかったから、「僕」の目線には僕の頭があるはずだ。
ほうっと溜め息のような音が上から聞こえた。

「なんですか?」
「君、いつの間にかこんなに大きくなってたのかと思ってさ。
うわ、オレのつむじが見えるよ。すっごい変な気分」
「そりゃあ、育ち盛りですから。
そういや、あんたのつむじ左巻きなんですよね。めずらしいんじゃなかったかな」
「ああ、右巻きの方が遺伝しやすいとかでしょ。
でも、二重の方が遺伝しやすいってはいうけどさ。
 鬼男君は奥二重だし、ここに来る死者も一重の人結構多いから、あてにならないんじゃないの?」

ちなみに大王はかなりパッチリした二重だ。
インドの神様が全員そうだってのもあるのだろうけれど、まず十王図、閻魔ノ庁図からしてぎょろっとでっかい目の二重に描かれているから、世界共通イメージなのかもしれない。
背の大きさ、体型の違いは結構あれど、そこだけは譲れんといわんがばかりのぱっちりさなのである。まあ、絵とかでは一重の鬼ってのもあんまり見かけないけども。

そんなことには関心をなくしたのか、僕の頬を挟み、ううんと唸る「僕」。
なにか変だ何か変だと思っていたら、鏡を見る時は左右反転なのを思い出した。
大王の視点からは僕はこう見えるのか。顎の下の方にできたニキビのあとまで見えそうだ。
こないだ「まだまだ若いね」と笑ってたのはどうもこれらしい。

「大王、顔近いです。
 自分の顔がアップになってんの気持ち悪いんで、どけ。仕事しろ」
「ええー、だってさだってさ、コンパクトの暴発だから、姿は変わっても能力は変わんないでしょ?
この姿じゃ仕事にならないし。
二人羽織してもいいけどさ、おへそからお茶飲んだり、ちゃぶ台に頭ぶつけたりするのは嫌だよ」
「あれは二人羽織じゃなくて肩車です。大体、だれがやるか。
僕が座ってますから、あんたは横で気付かれないように裁きの結果を耳打ちしてくれればいいんです。
それで十分でしょうが」

ううんとまた唸る「僕」。
いちいち表情が変わるのがとっても微妙だ。
自分が表情に乏しい方だとは思わないけれど、大王ほど表情のボキャブラリーはないと思う。
大王の表情を「僕」にあてるとこうなるのか、自分で言うのもなんだが、………微塵も可愛くない。

「鬼男君?オレの顔で仏頂面つくんのやめてくれる?自分で言うのもなんだけど、すっごい怖い」
「いや、僕も言わせてもらうなら、僕の顔でへらへら笑ったり嬉しそうにしたり片目つぶって唸ったりしないでください。
あんまりのことに寿命が縮みそうです」

お互いにちょっとげんなりした。
疲れたような「僕」の顔が僕を見下ろす。
入れ替わり!なんて漫画とかじゃあよくあるシチュエーションなんだろうけれども、絶対に思う。
ろくなもんじゃあない。

「…とりあえず、仕事しようか?」
「…はい」


**


一回やってみたかったんだーとか、いざとなればヤツの順応性の早さったらない。
すました顔(ヤツに言わせれば、いつも僕はこういう顔らしい)で隣に立ち、見事「秘書の鬼男」を演じてみせた。
ところがこっちは大王の業務。
傍で見て、サポートしているとはいえ、裁きを言い渡すのも、冠をかぶるのもどうにもなれない。
おかげでジュースはひっくり返す、順番は間違えると散々な目にあった。

「でも、誰も入れ替わってるなんて気付かなかったよねー。
オレはどんだけ舐められてんだろう?」

僕が飲まなかったオレンジジュースを干しながら、へらへら笑う自分の顔。
それだけでもう、疲れが二割増しでのしかかってくる。
にこやかな自分の笑顔って自分で見ると結構醜悪なもんだ。

「そりゃあ、日ごろの行いですよ。
あんたがジュースひっくり返すのも、言い間違えんのも日常茶飯事年中無休ですから」
「うん、ちょっと反省。
まさか秘書の業務があんなに大変だと思わなかったし。
とりあえず、いい経験になったかな」

まさか一日中立ちっぱなしとはね、と痛そうに腰をさする。
ほんとう、僕の姿でやめていただきたいポーズだ。
こちとらまだ若いのである。

「で、そっちはどうだった?
一日大王体験」
「予想よりしんどいです」
「ほう」

なんで、と首を傾げるもんだから、思わず乱暴にそれを直した。
頼む、僕の顔で「小首をかしげる」なんて仕草をしないでくれ。
それはあんたがやるからいいのであって、自分の顔したヤツにやられると、お昼御飯が逆流してきそうだ。

「鬼男君、痛い痛い」
「すいません、自分の顔がこうまで気持ち悪いと思いませんでした!」
「いや!?何を言い出すのこの子!」
「ついでに声も気持ち悪い…もう、……つかれた生きるのに」
「そんなとこだけオレになりきらないでよ!」

ていうか、それって。
と「僕」が僕を睨みつける。上目づかいだ。もう死にたい。

「オレの仕草が気持ち悪いってこと?」
「大王、想像してみてください。
たとえば、セーラー服を爪で八つ裂きにして、可燃ごみの袋に入れる自分の姿を。
僕の心境はただいまそんな感じです」
「………死にたくなった」

だろうな。
我ながら、今のたとえは秀逸であった。
勿論、今すぐそれを実行してやりたいと思って言ったのだけれど、自分の顔した奴が布団かぶって啜り泣いたり、部屋の隅っこで体操すわりでストライキを始めたりするのを見ることになっちゃうかもれないのでやめたのだった。

「確かに、自分の顔で自分に似合わないことやられると気持ち悪い…ですね?」
「いや、そこは真似なくてけっこうです」
「それは助かった。
 で、裁きは私が下しててもやっぱり大変?」
「あんたがぺったんこの尻になった理由がわかるなーと思いましてね。
一日中座りっぱなしもけっこう堪えますね」
「あー、それか、うん。やっぱりクッションしこうかとも思うんだけどさ、なんかイマイチそういう気にもなれないからそのまま放置なんだ」

我が意を得たり、と微笑む「僕」。
もし笑うことがあったとしても、こんな気の抜けた笑みは浮かべてないと思いたい。
やっぱり、外見って中身によって形作られるものなんだなと、今日一日で思い知った。
大王はやっぱり、生っ白いひょろくてイカみたいで黒髪のオッサンじゃなきゃイヤだ。
ふと、気づいたことを口にのせる。今日気づいた最大のポイントだ。

「あんだけいろいろやっても痔にならないのって、実は日ごろの努力の賜物だったのかと感服いたしました」

本当に、長年の謎が氷解した瞬間だった。
うん、腰が強いのもそこか、あんだけ揺さぶっても年の割にぎっくり腰になったのは見たことがないもんなと納得したもんだ。

「大王?」

あ、なんか固まった。
うん、固まってるんだったら、まだ我慢できるかもしれない。
このまま寝室に閉じ込めて元に戻るまで待つとしよう。
どうせ、あのポンコツコンパクトだ、一日たちゃあ治るだろう。

僕の予想は見事に当たる。
翌日には僕と大王の外見は完全に戻っていた。
が、そこは天下の大王様、何を思ったのか、僕の為にと椅子を準備して「お尻に優しい」とタグが付いたまんまの円座クッションを置いてくださった。
それが火種になって「とうとう上下が逆になったのか!?」という噂が流れに流れたらしい。
勿論、お仕置きに、普段から鍛えられているお尻を存分に使わせてもらったわけだけれども、当分噂は残りそうだ。ちくしょう。

とりあえず、今後の教訓。
変身コンパクトは厳重封印、大王の創作意欲は事前に挫き、とりあえず、大王の座りっぱなしにはもうつっこまないこと。



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