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田口公人から 皆様へのmessageです。

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03/12(Thu) 04:34
大阪ラプソディ
公人

しょうちゃん どっちや〜! 町が叫ぶ えぇ〜ここ どこですねん ? しょうちゃんが叫ぶ え〜と 今のが梅田の交差点やから そっちや〜 ふたば が応える どっちや〜? 次の信号 右や! 右か〜アッ行けへん!一方通行や! ほな取りあえずまっすぐ行こか〜
俺達4人を乗せた ストリートスーパーサルーン 町号は 環状線を縫うように さ迷っている
俺は ライブの疲れか 旅の疲れか 車窓から見える、夜空に突き出る高層ビルや溢れる程の人波と派手なネオンの喧騒を、まるで 夢見心地で 聞き流している ーーーーーーーーーー
ぼくは 夜毎のロックンローラーに早変わりで 君住む町にたくさんの星を降らせましょう 今夜はーーーーーーーーーーーーーーー
哲夫さん 良かったな〜 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ん!おいおい! カンクローまで乗ってきたよ! ストリートに5人乗りかよ!今日は土曜の夜やしパトカーその辺ウロウロしてるで! いや大丈夫じゃおまへんて町兄〜しゃあないな〜 まあええか〜土曜の夜やし。

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03/11(Wed) 19:33
神戸ウィンタランド
田口公人

神戸 ウィンターランド
▼ 2009/03/10 00:11
斉藤哲夫さんは やっぱり素晴らしかった 哲夫さんを最初に 見たのは 多分 高校3年の佐世保の 市民会館 だった と思う その後 今はもうない ライブハウス ブルボン では 前を演せてもらった。3年程前にも 平戸で 一緒に演せてもらった 。哲夫さんの音楽は、僕がここで書くまでもないだろう。そして今回 神戸 ウィンターランド 、箱の雰囲気からか、雨で空が曇っていたせいか、なんだか不思議な空間の中に4人は、迷いこんだみたいだった。このライブの企画者 町豪太 、その夢叶えたる!の 吉田氏 そして 田口公人と 斉藤哲夫 、他にはだれひとりも 登場しないのだ。 この4人が しめしあわせて 集まった 仕事人みたいに自分の役割を淡々とつとめる 終わると すぐにそれぞれの 家路に帰っていく そんなドラマを演じたような…ライブ…ところがその後の 4人の心の中に、それぞれの何かが 生まれている事に気付くのだ 、その後の 哲夫さん談にも 吉田氏談にもそれが感じられる… 町豪太や 僕の心の中にもジンワリ 残る なんとも 不思議な暖かさで、印象深い いいライブ だった。 哲夫さん 吉田さん本当に ありがとう ございました 。 ーーーーーーーさあ ブーニー スーやん さん これから 俺はどこ行こう ? 。

920SH
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02/25(Wed) 17:16
最後に…
田口公人

時差ボケも おさまり 今回の東京と京都の唄の旅 一人想い起こしています 唄の方は いつもの事だが反省しきりで 唄もギターも 相変わらず うまくいかない なあ〜           ただ 今回  出会った人達と 触れあった言葉や ライブの場面 歩いた街や 迷った道 立ち停まって見回した風景  仰いだ空の色  降りだした雨の匂い  棒になった足や  地下鉄のつめたい音  共演した人達のギターの音や 夜更けに流れたマンドリンと フィドルの調べ‥ 何もかもが 新鮮でやさしくって刺激的でした 。 いい感性の洗濯が 出来たようです。 みなさ〜ん ありがとう‥。

920SH
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02/25(Wed) 11:17
喫茶 のん
田口公人

喫茶のん ‥     喫茶のんは 京都でも老舗の生唄ライブハウス  自分の京都デビューには うってつけの店  そんな気持ちを胸に京都駅から地下鉄を乗り継いで 一乗寺駅を降りる  商店街で焼酎を買って “喫茶のん”へ‥‥ 手土産を訪ねた町で買って来るか、と後で皆に笑われた。のんパパと のんママがとても 気さくな人達で自分もすぐになじんでしまう  のんママのおでん定食をご馳走になり 砂布均とリハの最中に その異変に気が付いた 店の壁に備え付けの 長椅子の座布団に水が染み込んで びっしょり濡れて重くなってる 後から気付かれたが 隣が工事中だとかで そこから水が漏れていたらしい。(その後どうなったかな? 気になるな)カメラマンのスーやんさんや  こないだ佐世保で一緒にやった タケQのタケちゃんや 30年前の平戸の音楽仲間の 井元や〜坊  後からQちゃんも來てくれてとても 楽しい ライブになった 。 のんパパ のんママ ありがとう お世話になりました。 これか
らも よろしゅう〜 。 また 来ます。

920SH
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02/24(Tue) 20:16
旅日記
田口公人

三条のアジト いい奴だった 三条のとあるお寺の中のアイツの住み家 警察にもスパイにも 公安にも特捜にも地球防衛隊にも壬生の新鮮組にも 絶対見つからない アイツのアジト。もらってきたオニギリとキムチを肴にコタツで呑み交した 俺達が話したもの‥ 愉快なこの国の馬鹿っぽい未来 ‥ 京都の街に吹く住み心地のいい風‥ いかがわしい今の音楽状況 ‥ 京大の若者達の トンチンカンな活動 ‥ それを取り巻く大人達の おおらかなるいい加減さ ‥ ディランを教えてくれた長崎出身の兄貴の話 ets 話し終えた時 もう うっすらと 窓の外が明るくなり始めている。“公人さん こっちで寝てよ〜”と砂布均。 “いや コタツでいいよ〜”と俺。 ‥ 疲れていたのか、もう すぐにそのまま バタンキュ〜 ‥‥その後 俺は夢をみた 沖縄 か 田舎の佐世保 だったと思う、 海を見ていた、 高いとても高い金網の上
に よじ登り 青い海を見ていた‥リクエストもしてないのに 何処からか “フェンスの向こう”が流れて来た‥ 。 砂布均‥ 楽しい夜をありがとう 。

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02/24(Tue) 10:08
旅日記
田口公人

“え!三鷹? 遠いよ〜 歩いて行くの? じゃあ 真っ直ぐ行けば吉祥寺の駅にでるから そっから右!”ビールとモツの煮込みの匂いをふりまきながらそう言うとサラリーマンは闇の中に歩き去って行く。鋪道からのぞいた家の表札の住所は吉祥寺から練馬区に変わっていた う〜ん!‥ライブが終わり 打ち上げの後 朝子さんや下村さん他みなさんに別れを告げ、五郎さんに“誰か居るんじゃないの〜待ってる人が〜”なんて からかわれながら歩き始めてどのくらい経つだろう ライブが終わりホッとしたのか 久しぶりの吉祥寺の夜の鋪道や街灯さえがとても懐かしくて嬉しくて 昔もこうして酔っぱらって 独り歩いてたよな〜なんて思いながら途中入って来るメールに その気持ち伝えながら歩き続ける、ふと何かこの道変だよな〜あきらかに道幅狭くなってるよな〜って感じ始め 近くでタクシー降りた一人に勇気を出して“ すんません 三鷹はどっちですか?”って聞いてみたのだった。

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02/23(Mon) 21:21
旅日記 2月19日
田口公人

田口公人の 旅日記2/19JAL315便が東京上空を旋回する頃には 空も晴れわたり 広い関東平野がゆっくりと窓の向こうで斜めに回り始めると大都会の高層ビル群が真下に広がる こんなに大きな鉄の塊りに運ばれて こんなに大きな街に落ちていく自分は 何と小っぽけなんだろ 巨大な何かに呑み込まれていくような気持ちで羽田空港に降り立った  しかし 何度乗っても飛行機は 怖いなー。 夕方  南谷朝子さんと下村さんと三人で  御茶ノ水へギターを見に行く 下村さんの行きつけの 黒澤楽器へ  いろんな メーカーのギターを取っ替えひっ替え弾きまくり マーチン系の美しい音色にヨダレを垂らしながら酔いしれた それでも前に朝子さんが弾いていた コリングスがなんか一番いい音してたような気がした  勿論自分の手に届くような 値段じゃないけど 。

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02/23(Mon) 21:13
田口より
町豪太

今回の旅は 町豪太氏と下村氏による企画でした。この旅の話を受けた時、僕はあることを直ぐに感じました。詩を唄う旅。と もう一つは20歳の頃の自分に会ってみたい。その二つで、今こうして唄っている自分がいて、そしてその始まりが35年前に住んでた三鷹の下連雀の三畳一間で月三千円の安アパートだったということは分かりきってる、この際 想い出をくまなく辿る事で 原点を見つめ直し 新たなる 自分の旅を生きて行こうと。そう思ってライブの話を受け、そして二人には 何かと世話をやいて頂きまことに感謝する次第でありました。

田口公人

920SH
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02/21(Sat) 10:03
夜中の田口のメールから…
管理人

三鷹はやっぱり 様変わりしてました ただ駅から続く道の位置 が変わってなかったので あの頃の 自分に帰ってあちこち歩き回りました その後朝子さん達とお茶の水の黒澤楽器行って 高いギター見てそれから 下北の例の店行ったら ロ★ット松さんがいて、呑んでいたら 加★川良さんが来た そうこうするうち有★じゅんじさんが来た すごい店だね、なんて名の店だったっけ?ラモーナ?レジーナ?俺も 明日は頑張ろう 。 疲れてたのか メールの途中で 寝てました 。


……………………………


吉祥寺から 皆と別れて 歩いてる 五郎さんに誰かいるんじゃないなんて からかわれながら サヨナラ言って 歩いてる 三鷹の下漣雀に 俺が余りの寒さに 電気ストーブの熱で 布団 を燃やした 下漣七町目の三畳一間の安アパートへ 楽しい 。

……………………………

今日 (21日)は

京都Live
★砂布均

京都 一乗 のん です。

明日 博多駅まで 迎えに行きます。

920SH
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02/04(Wed) 23:07
はじめまして
田口公人

この年になって 東京や大阪にまで行って、唄う羽目になるとは 去年の今頃までは思ってもみない事だった‥ 何故なら自分の唄を聴けば、 一目瞭然 すぐに気付かれるはず 、希望がない‥救いがない‥歓びがない‥、絶対受け入れられにくい歌の三要素が揃っております。自分でも良く分かっているのですが‥、それが出来ない。元気で明るい歓びの歌が描けない。長いトンネルの向こうに見える小さな明かりの歌が描けない。人々を揺り動かすようなダンスナンバーも、勿論描けない。もし描けたとしてもきっと唄えないだろうし、自分の心の中にいるもう一人の旅人が、夜の焼酎の上澄みに揺れながら言うだろう。『それはお前の唄う歌じゃないよ、愛と歓びの歌なら他人にまかせな!』と。‥そんなヒネクレ者の唄達をギターケースに無理矢理つめ込んで、今年は旅に出ようと思います。年毎に衰えていく体力に鞭打って 旅に出ようと思います。どなたかどこかで出会えたら、どうぞ聴いてやって下さいな、そんな暗くて切ない おんどりの唄を ‥‥ 田口公人

920SH
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