FIRST 不可解な奴だと目の前を走る男の後ろを追いかけながらセリスは思った。 その男はリターナーの一員であると名乗っていた。反帝国組織・リターナー。 この男も何かしら帝国に恨みがあってリターナーにはいったのであろう。 帝国―その将軍であるセリスは恨みをかうことを多く行ってきた。 帝国に逆らう村を魔導の力で滅ぼした。魔導を前に剣などの武器は無力の赤ん坊に等しい。 セリスはその力で何人の命を奪ったか思い出せなかった。思い出したくもなかったが。 明日にはセリスは反逆の罪で処刑される身であった。 ほおっておけば憎悪の対象が一つでも減っていたものを、男はためらいなくセリスの自由を奪っていた鎖を外した上、脱走の手助けをしている。 元はといえ敵対する者が一方を助けるなど、馬鹿馬鹿しいのも程がある。 ―なぜ私を助けた? その疑問がセリスの頭を支配した。帝国が掌握している魔導の力を逆に利用するという魂胆か。 捕虜にした敵将を厚遇して力を増大させることを話では聞いたことがあったが、実際行われたところを見たことがない。 それともリターナーに組みする達の前に引き出され、そこで殺されるか。 そんな考えが脳裏に浮かぶがすべて現実味を感じられなかった。 鎖を外したときの男の瞳がそれをすべて否定する。 あの瞳はただ純粋に人を助けたいという瞳― いきなり男が足を止めた。セリスは舌打ちをする。 二人の前に立ちふさがったのは帝国兵であった。もう脱走がばれたのか。 セリスが男にもらった剣の柄に手をかける前に、男は短剣を手に兵へ向かって飛び出していた。 帝国兵の力量をセリスはよく知っていた。大分鍛錬をつんで格別に剣さばきが洗練されている。 そこらの都市国家の雇われ兵では相手にならないくらいだ。 しかし男は機敏な動きで帝国兵と互角に戦っていた。 男が鋭い一撃を兵のふところに食らわせたとき、セリスの胸に光が射した。 本当に脱走できるかもしれないという一つの希望。 だがすぐにその希望はうち砕かれた。多くの兵が通路の向こうからやってくるのが見えた。 二人ではまともに太刀打ちなどできない。取り囲まれて袋叩きにあうのが目に見えている。 「おい、私が敵をひきつけるからお前は逃げろ。私はどうせ明日には死ぬ身…お前まで死ぬことはない」 「誰が死ぬって?ここまできてあきらめるのかよ!?」 男はセリスを一瞥して兵の群に突進していった。 その瞳はあの時―助けられた時の瞳と同じ、澄んだ瞳であった。 ―なぜ私はあの時男の手をとった? 男が鎖を外した後、差しのべてきた手にセリスはそっと手をのせた。あらかじめそうすると決められていたように。 最初からあきらめていたら、手をとることなどしなかったはずだ。 セリスは柄から手を離した。そして胸の前で両手を祈るようにあわせる。 ―私は生きたい…と思ったからだ… あの男のあの瞳に見つめられて自然とそう思った。だから男の手をとった。 口の奥で何かを唱えるとセリスの身体が光を発した。 そして一瞬のうちに男が戦っていた一団が氷塊となった。 セリスが最も得意とする氷の魔法。下級の魔法であったが、元々セリスは魔法の素質があったので、人を氷らせるほどの威力になるのだ。 先程まで暴力をふるわれていた身体だったので、魔法を一回唱えただけでめまいがセリスを襲った。 男は突然あらわれた氷の塊に驚いてそれをまじまじと見ていたが、セリスの異変に気がつきセリスの元へ戻ってきた。 「おい大丈夫か?顔色が悪いぞ」 「大丈夫…すぐ治…」 言い終わらぬうちに男はセリスを持ち上げた。セリスの口が止まる。 「そう気を張るなって」 「馬鹿、早くおろせ」 「そう言っても辛いくせに。遠慮するなよ。俺達仲間だろ?」 ’仲間’その言葉はセリスにとって新鮮な響きであった。 帝国では兵達をただ同じ範疇に属する者としてしか見ていなかった。だから仲間という概念はなかった。 だが男はセリスを仲間とみなした。なにか特別な繋がりがある「仲間」だと。 そうみなされるのに悪い思いはせずこれ以上セリスは文句を言わず、男の腕に体重をあずけた。 ―この男についていけば新たな光がみえる気がする… セリスの念頭にあった疑問を男に問うたとき彼は意味深な答えを返した。それ以外はなんのかげりもなかった。 外には光がある。そんなあたりまえのことが、地下通路から外へ出たときセリスには身に染みた。 帝国将軍であったセリス・シェールはもう死んだ。 今ここにいる自分は別の…新しい自分なのだ。 男はセリスをおろした。 「さ…これからはナルシェへ行こう!セリス」 「分かった、ロック」 ロックが差し出した手をセリスはそっと握った。
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