短編部屋二号館

□lorenz and watson
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「世界、ね。たとえば君は、どんな印象をもっている?」
「いきなりそこから入るとはね。まあ、テーマが大きすぎる。致し方ないとは思うが」
「ふふ。で、どうなんだい」
 注いだワインをロレンツに渡す。何もしなければ部屋は少し肌寒いので、暖炉に火を入れてある。暖炉側に座っているロレンツの茶色い髪は、火の明かりに照らされて赤く煌いて見えた。
 逆光で見えにくいその目の色は、そうだ、澄んだヘーゼルブラウンであるはずだ。
「一時の快楽を求めて一年分の苦労が動く。金の話さ」
「おや、らしくもない。無粋な話だね」
 酸味の強いワインを口に含む。独特の香味に気分良くため息をつく。
「無論、堅実であるのが全てではないと思うがね。しかし金がなければ、野垂れ死ぬばかりであるのが現状さ」
「ふむ、君は世界が金で動いているというわけだね」
 大仰に片手を振って見せれば、ロレンツは笑みを深めてワインを口に含んだ。
「では君の答えを聞かせてもらおう」
「世界は時で動いているのだろうよ。そして、時を有効に使うために金がある」
「ほう。美談だな」
 足元の猫が鳴く。高くなく。誰かを呼ぶように、幾度も。
 そんな猫を横目で見やりながら、ワトソンは半分ほど残ったワインをグラスの中で回す。立ち上る高貴な香りに安らぎを感じながら、降り注ぐ青白いほのかな月光に軽い陶酔を覚える。
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