短編部屋二号館

□文字の魔法
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 先輩の文章は、とても煌びやかで美しい。そこにあるのは、流れる水のような爽快感。風に揺れる花のような、可憐さ。
 先輩の文章を例えるなら、それはまさしく魔法だ。先輩には魔力があるんだ。僕はいつもその魔法のとりこになって、先輩の文章に引き込まれていく。
「先輩の小説は、魔法です」
 魔法だ。幻想だ。だから、先輩の文字は浮世離れしている。美しすぎて、清すぎて、この汚い現代を表しているとは到底思えないんだ。
「じゃあ、広井の文章は科学だ。心理描写や情景描写が足りなくて、無機質だから」
「科学と、魔法ですか。混ぜてみたら、どんなものが出来上がるんでしょう」
 僕が先輩の魔法に科学を継ぎ足してしまったら、きっとつぎはぎだらけで汚らしいものができそうだけど。僕は『科学者』としては小学生レベルで、小説なんか遊びで書いてる人間だから。
「……やってみるか」
「え?」
「共著、してみるか」
 一瞬僕は、耳を疑った。偉大な魔法使い…… もとい、尊敬できる先輩。彼にそんな誘いをかけられるなんて、思っても見なかった。
 僕なんかが先輩と一緒に文章をつづってしまって良いんだろうか。僕なんかが、先輩の理想郷に踏み入ってしまって良いんだろうか?
「僕は」
「言っていなかったとは思うけど、俺は広井の世界観が好きだ」
「先輩、僕は…… 先輩の将来に繋がる時間を、僕のせいで無駄にしてほしくはないんです」
 俯いた僕の頭に、先輩の華奢な、しかし大きな手が乗っかった。低体温で、冷え性で、先輩の掌は僕の頭から熱をちょっと奪う。
「無駄にはならないさ、広井。君なら、いい相棒になる」
「え?」
 顔を上げれば、先輩の優しい微笑がそこにあった。僕は一瞬言葉を忘れて、先輩の微笑に見入っていた。
「一緒に、小説家になろう」
 先輩と一緒なら、きっと凄い作品が書ける。僕はそんな凄い作品を、書いてみたい。確かにそう思っている。
 僕の小説に対する想いが、遊びから本気に代わった瞬間だった。
「はい」
 頷いた僕を見て、先輩が無邪気に、本当に嬉しそうに笑った。
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