短編部屋二号館

□初夏新緑
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 澄み渡る空に一筋流れる白い雲。青と白のコントラストが、何となく初夏の訪れを感じさせてくれるのは何故だろう。別に、季節に関係なく空は青い。それなのにこの空が初夏の空だと思うのは、やはりここにある空気に問題があるのだろうか。頬を撫でて吹き去る薫風に目を閉じて、少年は楓の木の下に寝転んだ。
 秋になれば真紅に色づいて見る者の目を楽しませる楓も、今ではあまり見向きされていない。若葉の茂った木など、別に楓だけではないからだろうか。それでも少年は、その黄緑色の小さな葉が好きだった。何も、完成品が全てではない。紅葉が好きな人々は赤くない楓に何の価値も見出さないのかもしれないが、少年は赤い葉よりこちらの新緑の方が幾分か好きだった。赤く色づいた葉はすぐに散ってしまうが、この小さな黄緑色にはまだ未来がある。これからどっしりとした濃緑に色づいて、それから徐々に赤色に染まっていくのだろう。そんな葉の成長を見届けるのも、なかなか楽しいものだと思う。
 そっと目を開けて、上を見た。少年の好きな黄緑色の葉が、降り注ぐ陽光を受け止めて明るい黄緑色に透けていた。言いようも無い美しさを感じて、少年はひとり微笑む。
「なにしてるの?」
不意に声をかけられて、少年は起き上がって楓の幹に背中を預けた。硬い幹が服越しの背骨に触れて少し痛かったが、少し身体を動かすと痛みも消えた。そのままの姿勢でゆっくりと辺りを見回してみたのだが、誰もいなかった。
 しかし、そう思ったのも束の間だった。少年が凭れかかっている楓の木の後ろから、ひょっこりと顔を出している子供がいる。振り返ったとたに目が合ったのだ、少年は驚いて思わず叫びそうになった。
「なにしてるのって、それはこっちの台詞だけど」
 少年は驚きながらも、その子供に話しかけた。座った姿勢の少年の頭を少し抜かすくらいの身長の子供は、外見からすると男児らしい。年齢は、五歳程度だろう。
 子供は楓の木下に茂った下草を踏みながら歩き、少年の顔を間近で覗き込んできた。
「お兄ちゃん何してるの?」
「何、してるんだろう?」
再び訊ねられても、特に答えが浮かんでくるものでもない。ただ、空と緑が綺麗だったから。だからここで少しのんびりしようとしていただけだ。大して目的があるわけでもないし、ここに留まり続ける理由も無い。
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