短編部屋二号館
□縁側
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三寒四温の気候が続く、そんな三月のある日のこと。
一人で縁側に座って独酌しつつ、俺は梅の花を眺めていた。
庭の紅梅は美しく満開になり、桜の木にはすでにほころびかけたつぼみがいくつかある。
もう春なのだなと感じつつ、昼間から酒を飲む贅沢。こんなことも、休日だからできることだ。
平日は近所の子供達を屋敷に集めて学習塾を開いているから、こんな風にのんびりと過ごす時間は無い。
俺は昔は武士だったし、今でも刀は使えるが、今は武術よりもっぱら学術を大切にしている。
俺は武士としても半端者で、学問を修める人間としても半端者だ。
けれど近所づきあいだけは良いから、こうして学習塾を開かせてもらえている。
俺は二十五の時から、この広い屋敷に独りですんでいる。
父が俺に残した財産が、この馬鹿でかい屋敷なのだと母から聞いた。
母は二年前に病気で世を去ったが、文句のつけようもないぐらい優しく穏やかな良い母親だった。
現在の俺は実質的に、天涯孤独になっている。けれど、それを不満に思ってはいない。
失くすだけ失くしたから、あとはもう何も失う心配がないのだから。
「成安さん」
どこかから聞こえたのは、三月のこの昼下がりのように柔らかく暖かな声。
声の主は弥生といって、この月に十六になるのだという。
弥生はとなりの反物屋の娘で、美しさでこの城下町一を誇っている。だが、頭はあまり良くない。
ということで、俺が時々勉学を教えてやったりしているのだ。
幼い子供達と一緒に交じって勉強をするのは恥ずかしいだろうから、わざわざ時間をずらしてやったりしている。
弥生は優秀な生徒で、料理の腕も優秀だ。
勉強を教えてくれる礼だと言って、彼女は時々食事を作りにきてくれる。