短編部屋二号館
□lorenz and watson
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短くなった蝋燭から長い蝋燭へと火を移し、燭台へ置いた。足元にじゃれ付く猫を高価な革靴のつま先で追いやり、館の主はテーブルにつく。
「ご苦労、ワトソン」
「どうかな? これで少しは明るくなったろう」
「不便なものだ、燭台に代わる明かりはないのかね」
ワトソン邸はここらでは一番の豪邸だ。この四階の広間で静かな夜景を眺めながら、酒などを少々嗜むのが二人の日課である。
贅沢で秘密めいたこの夜会が、ワトソンは好きだった。
「今晩の議題は」
言いながらグラスに鮮やかな緋色をしたワインを注ぐ。とくとくと静かに音を立てながらグラスの七分目辺りまでがワインで満たされる。
「この世界についてだよ」
正面に座るのは正装した男。彼の通り名はロレンツ。本名はワトソンでも知らない。
こうして毎晩彼と話すようになって、幾年経っただろう。それでもワトソンはロレンツの本名を知りたいと思わなかったし、気にならなかった。