短編部屋二号館
□文字の魔法
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それはまるで魔法。煌く美しい幻想のように、僕の心を捉えて離さない。
僕はあなたの、文字の魔法に魅了された。
そして偉大なる魔法使いであるあなたに、本当に憧れている。
“文字の魔法”
僕は高校に入学して、すぐに部活に入った。文芸部があるから、僕はこの高校に入学したといっても過言ではない。文芸部、それは僕のために在るような部活。小説を書いて、本を読んで、まったりする部活。
この学校の文芸部は、部活っていうよりただのお遊びに近い。けれど、中には本気でプロを目指している人もいる。そのひとりが、僕の尊敬する桐野先輩だった。
桐野先輩は、部長をやっている。僕が文芸部に入部したのはただ文章を書くのが好きだったからというだけだけど、桐野先輩は違った。
いつでも文章を書いていたい。日々自分を磨きたい。寝る間も惜しんで高まりたい。もっと、もっともっと上に。毎日、桐野先輩はそんな強烈な向上心を持って生活しているんだ。
好きとかそういう次元の問題じゃなくて、桐野先輩にとって小説は自分の一部みたいなものなんだろう。
「先輩、原稿用紙持ってきました」
三年生の桐野先輩は、部室からほとんど出ない。僕はまあ、先輩の給仕みたいなものだった。資料やら原稿用紙やら、そういうものを先輩のために運んでくるのが僕。入学してから三ヶ月経った今、既にこのポジションには僕の独占権がはたらいていた。
資料室から持ってきた紙の束を抱えて、いつものように先輩を呼ぶ。先輩は顔を上げて、にこりと微笑んだ。
桐野先輩は、後輩思いの良い先輩だ。けど、時々きつそうに見える眼差しが人を寄せ付けないようだ。
切れ長の目に、シルバーのフレームの眼鏡。ひょろりとした長身で、髪は真っ黒で整髪料もつけていない。一見しただけで、真面目で誠実で、そのくせ頑固な性格が解ってしまう容姿だ。小柄で地味な僕は、先輩といると嫌な意味で目立つ。
「ありがとう、そこおいといて」
先輩はそういうと、再び執筆に没頭し始めた。そんな先輩の横顔は怜悧で凄く憧れるけれど、僕は何となくつまらなかった。
他の部員がいないんだ。今日は、留学生の歓迎会で皆かり出されてしまったから。まあ、僕らにも召集はかかっていたんだけど。僕と先輩だけは、先生達の目を上手くごまかしてサボっている。
「今度は何の話ですか?」
声をかけると、先輩はシャーペンを置いた。そして、大きく伸びをしながら首の骨を鳴らした。結構長い間、先輩はこうして原稿用紙に向かっていた。だからだろうか、ちょっと疲労がたまっていそうに見える。
「展開どうしようか悩むところだ…… 純愛なんだけど、だんだん黒くなってきてる」
「先輩、恋愛ものなんて書くんですね」
「想像でしか、ないけどな」
憂鬱そうに微笑して、先輩は僕を見た。
そう、先輩は恋をしたことがない。小説のことしか頭になくて、女の子にいくら話しかけられても無視してしまうことが多かったらしいから。興味がないわけじゃあないんだろうけど、先輩にとっては最優先にもってきたいのが小説のことなんだ。
「リアリティに欠けるんだ、どうしても」
「じゃあ先輩、誰かに恋すればいいじゃないですか」
「無理言うな、広井」
やっぱり? 却下されてしまった。