夜中に胸が重苦しくて目が覚めた。ミシェルが半分のしかかるようにしてクラウドを抱きかかえている。
苦しくてもぞもぞ動くと、寝ぼけ声で
「寒いんだよ・・・何もしないって・・・」と言いながら首元に顔を埋めてくる。
「いい匂いだなぁ・・・このまま寝かせてくれ・・・」そういうので仕方なく我慢した。
確かにかなり冷え込んできた。テントの一部が少したわんでいる。雪が積もっているのだ。
クラウドは目が冴えてしまい、鬱陶しく自分の顔の上に垂れてくるミシェルの髪をかきあげてるとミッドガルでのことがもやもや頭に思い浮かんできた・・・
ミシェルの約束通り、翌々日にはクラウドはトレーニングルームの主任に呼び出され、トレーニングのプログラムを作成してもらうことになった。
「クラウド・ストライフ、君は通常演習のほかにもいくつか学科と実技を希望してるようだが、このスケジュールだと、早朝と夜しか空いてないぞ。休みもほとんどないし。若いのにどこにも遊びに行かないつもりか?」
主任に言われた。
「いいんです。別に。どこにも遊びに行くところもありませんから。」クラウドがぼそりと答えると、主任は溜め息を一つつき、
「じゃあ、脱いで。」と面倒そうに片手を振った。
いきなりそう言われて一瞬面食らったが、上着を脱いだ。
主任はジロジロ体を眺め、腕をつかんだり伸ばしたり、胸を押したりしていたが、
「う〜〜ん、これはがっちりやらないと筋肉はつかないな。でも成長過程だから、意外にいい線いくかな・・・」とまるで品評会の牛か馬でも見るように唸った。
基本的な運動テストをいくつかすると、しばらくして一枚のプリントを持ってきた。
「朝食前に炭水化物と水分だけ摂ってここで一時間やりなさい。あと夕食後二時間たったらまたここに来てこのメニューをするように。あと寝る前に高純度プロテインを摂ること。」
クラウドが礼を言うと、
「礼はミシェルにしてくれ。アイツがミディール特産の酒持って頼みにきたんだ。オレはあれに目がなくてね。」主任は笑うとクラウドにカードキーを発行してくれた。
「明日から自由にこの部屋を使っていい。熱心な若者はいいものだ。」
翌日から筋肉トレーニングを始めた。朝はまだしも、夜のトレーニングはきつかった。あまりに疲れるので、トレーニングルームのシャワー室を使わせてもらうことにして、寮の部屋に帰ったらただ寝るだけでいいようにした。
始めて数日は体全体がきしむようだった。
主任の手配でマッサージまでしてもらい、こんな至れり尽くせりの待遇に申し訳ないような気持ちになった。
ある日疲れ果ててシャワーを浴びながら、(この後あの不味いプロテインか・・)と少々憂鬱な気分でいたら、誰かが大声で歌いながらシャワー室に入ってきた。
ミシェルの声だ。
「君よ、知るや〜〜南の国〜〜♪」結構いい声だ。
シャワールームの仕切りを上から覗きこみ、
「よ!!クラウド、がんばってるな!!」と声をかけてきた。
「あ、あの・・・本当にありがとうございました。」取り乱さないように気をつけて、まずはお礼を言った。
「少しは筋肉ついたか??どれどれ・・・」いきなり仕切り扉を開けて入ってくる。
両手をがしっとつかまれたり胸を叩かれ、
「うん、まあまあ付いてきたな。」と満足そうに言うと、いきなり抱きすくめた。
「肌の感触がすごくいい・・・滑らかで手に吸い付く・・。ザックスにやるのが惜しいな・・・」じっとクラウドの目を覗きこんでくる。
蒼い、魔光の目。少し酒臭い。
「ウータイになんて行くな・・・ミッドガルに残れよ、オレとさ。」
シャワールームの壁に押し付けられる。頭の上からはザーザーとお湯がかかる。
ザックスにそっくりの手が髪をまさぐり、首筋から背中を撫でる。骨ばった大きい手は両腰をさすりあげ体を密着させてくる。
触られても嫌悪感を持たない自分に少し驚く。
クラウドは必死の思いで腰に廻された腕をはずし、
「オレは・・オレは・・・あなたには感謝してますが、ウータイには必ず行くつもりです。」ミシェルの目を見て思いきって言った。
ミシェルは手を離すと、お手上げだと言う風に両手を挙げた。
「ザックスは幸せもんだよ・・・もしあのバカがオマエの気持ちもわからずに据え膳突っ返してくるようなら、帰ってこい。アイツはバカの上人一倍鈍いからな。」そういうと小さい声で、ま、これは挨拶だから、と言いながらもう一回クラウドを抱きしめると唇を軽く重ねた。
「オレはあきらめてない。ガンバレよ。」そういうと仕切り扉を開けて出て行った。
ザックスのところから飛び出した日のことを苦い気持ちで思い出す。
今だったら違う反応をしそうだ・・・そう、あの時はすごく驚いたのだ・・・自分の中に潜んだもやもやした形にならない変な気持ちをつつかれたような、恥ずかしいような・・・居心地のいい関係が一気に変わってしまいそうな不安もすごく大きかった。
今なら自分の気持ちに正直になれる。
ザックスが好きだ。友人としてではなく。
オレは本当にバカな子どもだった。ザックスに会いたくて毎日ウータイに行くことばかり考えてる。
でも本当に行けるだろうか?ウータイも広いし、神羅はあちこちで戦線を拡大してる。行っても会えるかどうかもわからないじゃないか・・・
それでもミッドガルにいるよりずっと会える確立は高い。
ともかく今は何も考えたくない。ザックスに近づく努力をしてるだけで、少しは気持ちが落ち着く・・・
朝方やっとうつらうつらして、二度寝したようだ。
目覚めるともうミシェルは起きているらしくテントの中には自分一人だった。
服を整えてテントから出ようとすると、テントの入り口が開き、ミシェルが覗き込んだ。
「起きたか??雪、積もってるぜ・・・」うんざりしたような声を出した。
クラウドが外に出てみると、15cmくらい積もってる。
「ああ、これくらいでよかったですね。思ったより少なくて。」
東の空は低い雲が一部切れて朝日がその合間からまばゆく地上を照らしている。一面の雪が朝日を浴びてきらめいている。
すがすがしく冷え切った空気が心地よい。思わず深呼吸した。
ミシェルは顔をしかめると、
「雪山が好き、って顔してるよ・・」とクラウドの肩をたたき足元の雪を蹴った。
「そういやオマエ、保護色だな。雪の中だと、髪も肌もしっくりしてる・・・・」
「オレは山のケモノですか?」思わず笑いながら言うと、
「そうさ、雪山の綺麗なケモノだ・・」ミシェルもクラウドを見て笑った。
「ともかく今日は皆に追いつかないとな。朝食をとったらすぐ出発だ。あんまり遅れるとザックスに絞め殺されちまうよ。」
雪の中苦労してテントを畳み、朝食を簡単に済ませると、本隊のいる東峰方向に歩き出した。
もう少し登ると無線が使えなくなるから、とミシェルがまた連絡した。
「ザックス!そっちはどうだ?イヤな雪だな・・もう出発するか?たぶんこっちはそこまで2時間もあれば追いつく。ああ、待っててもらえると有難い。オレの部下も困ってるだろうから。ザックスに全部任せて悪い。じゃあ。」
ほれ、今度はオマエが連絡しろ、とせかされ、クラウドも無線のスイッチを入れた。
「ザックス、もうすぐそっちに着く。心配かけた。ありがとう。じゃあ。」
ミシェルはあっさりした挨拶だな、と言いながら歩を早めた。
雪の中後ろを見ると二人の足跡が続いている。
太陽はいつのまにか雲に隠れ、風が出てきた。
二人で黙々と雪に覆われた林の中を歩く。時折枝からばさりと雪の落ちる音がする。
ミシェルと黙って歩いてると思い出したくないことを色々思い出すので、何か話そうと思うのだが、会話のきっかけがつかめない。
つくづく自分は口ベタだとクラウドが少々鬱々としてきたころ、ミシェルが話しかけてきてほっとした。
「冬山は慣れてるみたいだな。」
「慣れてる・・・というか山育ちなもので・・・日常だったんです。」
「山、好きか?」
「はい。」
会話はそこで途切れた。ざくざくと雪を踏みしめる音が響く。
山は登るにつれ、雪が深くなり空気も冷たくなってきた。
空は曇ってるが明るくて、とりあえず雪は止んだようだ。
林の向こうに人影が見えてきた。本隊に追いついた。
クラウドは一瞬ザックスの視線を感じてそちらに目をやった。
はるか遠くから射るように見つめてくる。
目が合った、と感じた。自分には見えてないのに。
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