翌朝はやはり霧が出ていた。
じっとりして冷たい霧は体にまとわりつき、弱い風とともに塊状に移動していく。林の向こうが見え隠れして落ち着かない。
各自テントを畳むとポケットサンドイッチと糧食パック、コーヒーの簡単な朝食を摂り、装備を整える。
この先はキツイ。
クラウドはタクティカルベストに装着したマガジン・ポーチを確認した。

「マガジン・ポーチが多いな。」ザックスが声をかけると、
「そりゃ弾切れは最悪だからね。」と答えた。
「今回はいい弾幕をはってやるから、ザックスは安心して突っ込んでくれ。」クラウドが笑った。

クラウドは色んな表情を見せる。冷たいとりつく島のない表情、子どものように無邪気な表情、妖艶でぞくりとする表情・・・
ザックスにとってはどれも皆クラウドであり、愛しいことに変わりはない。
昨日の夜のクラウドの表情が暗くて見えなかったのが残念だ。少し様子が違ってたから・・・

大体いつも言葉が足りない。ザックスはクラウドの微妙な表情や態度でそのあたりは補ってる。
まあ、このところの少し彼らしくない態度も原因は思い当たってるのだが、自分がいないころのミッドガルで何があろうと、自分にとってクラウドは唯一無二の存在なんだから、気にしないでくれ、気にされるほうがオレは辛いんだ、と言ってやりたい。
でもそれを言うとクラウドはますます黙り込みそうなので、とりあえずは気づかない振りをしてよう、とザックスは鷹揚にかまえることにした。
ミシェルは大体金髪少年が好きなんだし(そういう噂だ)、何もクラウドだけ特別にかまってるわけじゃないんだろう。
性格から言ってもオレをからかってやりたいくらいの気分に違いない。クラウドが気にしすぎると、逆にミシェルを調子づかせる。

ザックスは溜め息をついた。考えるのは本当に苦手だ。
あとはもう成り行き任せだ。
オレがオマエを信じてるってことをどう伝えたらいいやら。言葉に出すと嘘臭くなるから。
草地にしゃがみこんでライフルのマガジンを付け替えてるクラウドをながめ、ザックスはもう一回軽く溜め息をついた。


五合目に廃屋があり、その辺りの地形は少し開けてる。
戦闘になるなら、その周辺ではないかと皆予測してる。

小隊同士で連絡をとりながら、横ラインをキープしつつ山を登っていく。自分たちの隊の隣にはミシェルたちがいるようだ。
霧が深くなってきたのでスピードが落ちている。自分のすぐ横をクラウドがほとんど音もさせずに歩いてる。
山に入ってから野生のケモノのように気を張り詰めてるのがわかる。霧はさらに濃くなり、顔に水滴がしっとりついてくる。

クラウドが立ち止まった。

「誰か向こうにいる・・・」ごく小さい声でつぶやいた。
ザックスも立ち止まり、耳を澄ませた。微かではあるが、ライフルの安全装置を外すような軽い金属音が聞こえた。

「多分どこかに潜んでて見えた瞬間に撃つつもりだ・・・向こうは相当数がいそうだ・・」クラウドは濃い霧の向こうをじっと見据えるとささやいた。
ザックスは無線で小隊全体に前進を止めるよう指示した。

霧というのは塊状に流れると、瞬間霧の向こうが見える。
クラウドは近くの木に身を潜めた。
「ザックス、弾がどこから飛んできても避けられる?」ごく低い声でクラウドが聞いた。
「ああ、一斉射撃じゃなければな。方向もわかる。」
クラウドはにこりとすると
「さすがだね。」と言って霧にまぎれて頬に軽い口づけをした。
「元気が出た。霧もいいな。」ザックスはお返しにクラウドの唇をそっとついばんだ。

右前方で銃声がした。

「クソッ!!誰か指示を無視して動いたな・・」

「クラウド、援護してくれ!」ザックスはそういうと銃声のした方に足を踏み出した。
ザックスを狙って銃声が響く。クラウドはその方向を狙って連射した。呻き声が聞こえた。
霧の濃い時を選んで、ザックスの跡をそっと付けて行く。あちこちで銃声がしだした。




ひんやりとした風が動き、一瞬林の間が見渡せた。
一個小隊いる・・・
ザックスが切り込んだのが見えたが、霧に紛れて姿が見えなくなった。
斜め前方でも戦闘が始まったようだ。

クラウドは舌打ちした。

これじゃ援護射撃できない。
それでも風が吹き出したので霧は移動しだし、時々敵の姿が垣間見える。

クラウドは近くにあった苔むした石の陰に伏せるとともかく待ちの態勢をとり、敵を撃つチャンスをじっと待った。
そろそろ霧は薄くなるだろう。しかしなんという天候なんだ。秋も終わりの山というのは本当に油断ならない。
ほとんど身動きせずに待っていたその時、目の前の霧が薄紙をはぐように淡くなり、ザックスが戦ってる姿がぼんやり見えた。
左サイドから狙ってるウータイ兵がいた。
向こうが撃つより早くクラウドは頭を撃ちぬいた。
ザックスが振り返った・・・と思ったらミシェルだった・・・

礼を言うように片手を上げ、投げキッスしてきた。

霧のせいで戦闘が長引いており時間の感覚がおかしくなっている。
ザックスはどこにいるんだろう?

霧が切れるたびに狙い撃ちしてる。自分の位置はまだ敵に勘付かれてないようだ。
もう何人撃ったかわからない。一瞬でも敵が見えると確実に一発でしとめるようにしてる。

やがて霧は渦巻く小さな霞みの固まりのようになっていき、視界が開けてきた。
気温はぐんぐん下がっており、伏せてる地面から冷気が上がってくる。
寒さに首に巻いたタートルの部分を引き上げた。
辺りを見渡すと、もうほとんど動いてる人影はない。


戦闘はほぼ終わっており、ウータイ兵は後退していったようだ。
夕暮れが迫ってきてる。クラウドはようやく体を起こし、強張った足をほぐすように軽く屈伸した。
ほとんど半日岩陰に伏していたせいか、体が冷たくなってきている。

自分は少し後方に置いていかれたらしい。ザックスたちはもっと上方に移動していったようだ。
無線で連絡すると、ザックスの声が聞こえた。なんだかほっとする。ともかく無事だったのだ。

「ザックス?今どの辺りにいるんだ?オレはさっきの場所からほとんど動いてない。」

クラウドが連絡すると、

「無事でよかった。こっちは東の峰への登坂口近くまで来てる。そこからは大分遠いなあ・・・もうすぐ日が沈む。追いつけるか?」
心配そうな声が無線を通して聞こえた、

「そっちを目指して登る。もうウータイ兵はこの辺にはいないんだな?」

「ああ、後退していった。もう今日は追わない。大分損害を与えたしね。寒くなったな〜・・」

「上の方は雪になるかもしれない・・・気をつけて。これからそっちに向かう。」

ポケットから地図を出すと、位置を確認し、コンパスで目指す方向を決め歩き出す。
もしかしたら自分が最後尾かもしれない。急がないと日が暮れる。
一人なら気楽に自分のペースで急げる。
ザックスたちのいるところまでかなり距離はあるがなんとか間に合うかもしれない。

ペースを上げて山を登っていくと、風の中ふわりと白く冷たいものが頬をかすめた。
風花だ。
上は雪が降り出したんだ・・・

もう夜営の準備をしないとマズイ。

林の中を飛ぶように急ぐと、先の方に人影が見えた。一瞬敵兵かと思い、木の陰から様子をそっと伺うと黒髪のソルジャーらしい男が屈んで死体のドッグタグを確認してる。

ミシェルだ。

クラウドが近づくと、顔を上げ、

「オレの小隊のヤツだ。畜生・・・一発でやられたみたいだ・・・」
「埋めてやる。手伝ってくれるか?」

クラウドはうなずくと、手近な木切れでミシェルと一緒に浅い穴を掘った。

「とりあえずの墓だな。いつか埋めなおしてやる。」

ミシェルはそう言うとポケットからいつも髪を結わえているのと同じ臙脂の紐を取り出し、木の枝に結んだ。

「またここに来られるかわからないけどな。まあ、オレの気が済んだ。」


クラウドはぼんやり今死体を埋めたばかりの場所をみつめた。
いつ同じことが起こるかは誰にもわからない。もし自分がザックスの知らないところで死んでしまったら、と思うと背筋を冷たいものが走る。戦場に来たからにはそれくらいの覚悟をしてないといけないのに、いつもザックスの近くにいるとほとんどそんな事は思い浮かばない。
ザックスと離れてる自分が亡霊のような気がしてきた。

「オレが最後尾だと思ってた。」ミシェルに声をかけられ、はっとした。

ミシェルと目が合った。

「お前が嫌がろうと嫌がるまいと、オレとここで夜営するんだな。」

目の前をチラチラと雪が舞い始めた。

早く夜営の支度をしないと。

今夜は雪だ。

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