<ザックスの夏休み>
「あれはなんだ??!!」
空を切り裂くような轟音とともに、煙をあげながら飛空艇が空を横切る。
夏も終わりの昼下がり、ゴンガガの渓流のほとりで水をはねかえして遊んでいた子どもたちは皆一斉に空に目を向けた。
浅瀬を流れる水はひんやりと冷たい。
水を跳ね返す手を止め、皆でポカンと空を眺めてると、飛空艇から何かが風に乗ってこちらに向かって落ちてくる。
その何かは途中で大きな白い傘を開くと、ゆらゆらと漂いながら村外れの丘の方に落ちていった。飛空艇はそのまま森の向こうに消えてしまい、しばらくすると地響きのような音とともに空に渦巻く黒い雲が立ち上っていった。
「おい、見に行こうぜ!!」
ザックスが声をかけると、一緒に遊んでいた子供たちは皆、何かいいもんかもしんないぞとか、危ないものだといけないから武器持っていこうよ、など口々に騒ぎながら、丘の方に走って行った。
「この辺りに落ちたと思ったんだけどな・・・」丈の高い草をかきわけ丘をしばらく歩くと、パラシュートだろうか、大きな白い布が落ちており、その向こうにポツンと横たわる小さい人影が見えた、
ザックスはその人影に向かって走り寄った。
それはまだ7〜8歳くらいの子どもで、真っ白な顔に血が流れ、目を固くつぶったまま気を失ってるようだった。
「誰か、大人呼んで来い!!さっきの飛空艇から飛び降りたんだ!!」
ザックスが命ずると、手下の子どもたちが走って村に向かった。
そっと倒れてる子どもに近づくと体を起こし、息があるかを確かめた、
「ん、う〜〜ん・・・」子どもはザックスの腕の中でうなった。よかった、生きてる。
最初は人間に見えなかった。
陶器でできた人形のようだ。血の気が失せてるせいか滑らかな頬は造り物のように透明で白い。
絡まっている索具を折りたたみナイフで切ると、顎の下を締めている皮のバンドを外し、ヘルメットを脱がせた。
ぱさっと白金色の柔らかい髪が散らばった。
ザックスは息を呑んだ。
こんな色の髪がこの世にあるなんて信じられなかった・・・
「おい!!大丈夫か??」軽くゆすると金色の長い睫毛が震え、ゆっくり目を開けた。
透き通った湖のような色の瞳がぼんやりとザックスを見つめている。綺麗だ・・・思わず見入ってしまった。
「父さん・・・父さんたちは??」
「オマエ、飛空艇に乗ってたのか?」ザックスが聞き返すと小さくうなずいた。
「えんじんとらぶるだから、ボクだけこれつけて飛び降りろって言われた・・・」
「ここどこ??南の島??君は誰??」子どもは半身を起こすと辺りを見回した。
「オレ、ザックス。一番にお前を見つけたんだ。起きられるか?」子どもはなんとか上半身を起こすと
「ボクはクラウド。なんだかすごく暑いんだけど・・・そうか、ここ熱帯なんだ。」ザックスを見上げて言った。
ちょっと生意気だと思った。
「熱帯じゃねえよ、亜熱帯だよ。」ザックスはなんとなくカチンときて言い返した。
クラウドはにっこり笑うと、
「ありがとう、助けてくれて。ボク、お父さんたち探しに行かないと・・・」
立ち上がると華奢で小さくて、ザックスの肩くらいしかない。
歩こうとしたがふらついて倒れそうになった。
なんて細いんだろう・・・さっき森の向こうに飛空艇が墜落したと言えず黙って体を支えた。
丘の下の方から人の話し声が響いてきた。
子どもたちが大人を連れて来たようだ。
ザックスの母親まで来た・・・
村の顔役の一人がクラウドに近づいてきた。
「飛空艇から飛び降りたのは君だけか?怪我はしてないようだが。」
クラウドがうなずくと、顔役は後ろに控えてるほかの村人と顔を見合わせた。
「君はどこから来たんだね?」
「ニブルヘイム。」小さい白い男の子はかなりしっかりした声で答えた。
大人たちは顔を突き合わせて何かごちゃごちゃと話し合ってる。
クラウドが不安そうな顔をしてるのを見ていたら、ザックスはたまらなくなった。
「この子、オレんちに連れて行ってもいい?オレが一番に見つけたんだし。」
話し合ってる大人たちは一瞬黙った。
「まあ、色々確認したり問い合わせたり時間がかかりそうだから、それまでの間フェアさんのお宅で預かってもらってもいいかもしれないな。いいですか?フェアの奥さん?」
「別にいいですよ。うちは子どもが一人しかいないし。」ザックスの母はそう答えると、クラウドの前にしゃがんで、
「しばらくうちに来てもらうけどいい?」と優しく聞いた。
クラウドがこくんとうなずくと、
「可愛い子ね〜・・お人形みたいだわ!ザックスとえらい違いね。ザックス!!あんた、仲良くしてやりなさいよ!!」
腰に手をあててザックスに言い聞かせた。
そんなこと言われなくてもわかってるさ、ザックスは心の中で思ったが
「はい!」と一応良い返事をした。
この子がうちに来るんだ!!なんだかすごくワクワクする。
もしかしたらお腹が空いてるかもしれないと思い、ポケットの中を探ったら、少々包み紙がべたべたしてる飴が出てきた。
「これ、食う?」おそるおそるクラウドに差し出すと、ザックスをじっとみつめて
「ありがとう・・・」といい紙をむいてべとついてる飴を口に含んだ。
「美味しい・・」ザックスを見てにっこりした。
クリスマスのカードに描いてある天使みたいだ・・・
ザックスはしばらくクラウドの横顔に見惚れた。
その日の夜はクラウドと一緒に食事をした。
クラウドにとっては初めての料理ばかりだったようだが、文句も言わずに大人しく食べていた。
ザックスはどうしてもクラウドから目が離せなくて、クラウドが一口パンを口に運ぶたびになんだかドキドキしながら見ていた。
「ザックス!!そんなにじろじろ見るんじゃないの!!」母さんに叱られた。
クラウドは家に連れられてきた当初は、飛空艇のことを気にしていたが、大人たちが曖昧な返事ばかりするのでそれきり黙りこみ、夕食の時も一言も口をきかずのろのろと食事をしていた。
ザックスは何とかこの子を喜ばせたいと思い、食後に自分の部屋に連れていき宝物を見せた。
蛇の抜け殻や綺麗なビー玉、クリスマスにもらったカードなどの入った箱の中身をベッドに並べ、クラウドに見せるとやっと表情が柔らかくなってきた。
「この蛇の抜け殻、珍しいね。初めて見たよ。ニブルにはいない蛇だ。」クラウドはそっと抜け殻を手に持つと光にかざした。
「これ、毒蛇なんだぜ。噛まれると死んじゃうんだ。抜け殻はいいお守りになるんだけど。」
「ビー玉も綺麗だね。」クラウドは色とりどりのビー玉にも興味を持った。
ザックスは、クラウドの目の方がずっと綺麗だよと言いたかったが、恥ずかしくなり言葉を飲み込んだ。
「今日は一緒に寝ような!」ザックスはなんとなく緊張しながらクラウドの顔を覗いて言った。
「うん。ありがとう、ザックス。」クラウドはザックスを見上げるとやっと微笑んだ。
ザックスの狭いベッドに、二人で寝ることになった。
クラウドはザックスのお古のパジャマを着て、隣に滑り込んできた。
灯りを消し、暗くなるとザックスはすぐに眠りについた。
どれくらい眠ったんだろう、ふと目覚めると隣でクラウドがしくしくと泣いてる。
「どうしたの?」そっと声をかけるとこちらを向き、
「ボクのお父さん、死んだんだ・・・大人は何も教えてくれないけど、きっとそうだよ。飛空艇は落ちたんだ・・皆死んじゃったんだ・・」話してるうちにしゃくりあげてきた。
ザックスはクラウドを抱きしめると、髪を撫でてやった。
「オレが明日大人にちゃんと聞いてやるよ。何があってもオレがいるから大丈夫だぞ。」
クラウドはザックスの胸に顔を埋めるとしばらく泣いていたが、そのうちに規則的な寝息をたてて眠り込んだ。
ザックスは甘い匂いのするクラウドの頭を抱きかかえると髪に顔を埋めた。
オレが守ってやらないと・・・温かい体を抱きしめ、なんだか胸がつまるような思いでザックスは眠りについた。
ザックスは夏休みはほとんど外で過ごしてる。
というか、基本的に寝る時と食事時以外は雨がふらなければいつも外だ。
翌日朝食を摂ると、クラウドを連れて外に遊びに出た。
飛空艇のことは昼飯に帰宅するころにはわかっているだろう。
クラウドは寒い土地の生まれなので、この辺りで見るものすべてが珍しいようだ。
鮮やかな鳥に驚き、大きな虹色に光る甲虫に声をあげて喜んだ。
ゴンガガの森は濃い緑に覆われ、どこを見ても命が溢れている。
クラウドはニブルとは全然違うなあ、と言いながら、花を見ても羽虫を見ても歓声をあげる。
ザックスはすっかり嬉しくなり、いつも遊んでる森の傍から川辺まで案内して歩いた。
川辺では、蛙が沢山集まってるところを見せてやると目を見開いて驚いていた。
「スゴイや!!ニブルには蛙なんてほとんどいないんだよ。」
「食える蛙もいるんだぜ。美味いんだ。鶏肉みたいで。たまに捕まえて焼いて食ったりもする。」
クラウドは意外にも
「へえ〜、ボクも食べてみたいなあ・・・」と答えた。
「ニブルはね、冬は雪で真っ白になるんだ。川もみんな凍るんだよ。」
「オレ、雪なんて見たことないや。ふわふわしてて気持ち良さそうだな。」ザックスが言うとクラウドは顔をしかめた。
「雪は冷たいんだよ。吹雪になんかなると大変なんだ。屋根に積もりすぎると家が潰れることだってあるし。」
ザックスは雪に重さがあるなんて知らなかったのでへぇ〜〜っと驚きの声をあげた。
二人で過ごすと時間はあっという間に過ぎる。
お腹が空いたのに気づくと、もう太陽は高く上っていた。
「昼飯食いにもどろう!」ザックスはクラウドの手を引くと家まで走って帰った。
「母さん!!飛空艇はどうなったの?」ザックスが帰宅するなり聞くと、ザックスの母ははっとしたようにクラウドの顔を見て、
「まだ何も聞いてないわ。」と言い、手を洗ってくるように二人に命じた。
ザックスはクラウドに
「オレが聞いておいてやる。」と耳打ちすると、さっさと手を洗い、母親の元に戻った。
「母さん、本当のこと教えて。」ザックスが聞くと、
「クラウドにはまだ教えたらダメよ。」と前置きしてから、遠くの森で壊れた飛空艇が見つかったこと、生存者はいないことをかいつまんで話した。
「ここの役場からニブルヘイムの役場に今連絡取ってるところなの。あの子、お母さんは向こうにいるみたいだから。」
ザックスの母は可哀そうにねぇ・・と言いながらテーブルに昼食を並べた。
ザックスとクラウドは二人で向かい合って昼ごはんを食べた。
平たいパンに香りの強い青い果物とベーコンを炒めて挟んだサンドイッチは、辛味はあるが結構美味しかったようでクラウドはきれいに食べた。
「食べたら昼寝しないと。」ザックスはクラウドの手を引いて裏庭の東屋に連れて行った。
ニッパ椰子の葉を裂いて編んだ寝台に寝転ぶと片手を伸ばしてクラウドの枕にしてやった。
「オレの腕、枕にしろよ。ちょうどいいだろ?」
クラウドはザックスの隣に横たわり、ザックスの手枕ににこりと笑った。
「ありがとう・・。」水色の瞳でじっと見つめられるとどぎまぎする。
「昼寝したら川に水浴びに行こうな!」そういって目をつぶると、クラウドの手がそっと耳たぶを触ってきたのでびくりとした。
「ザックス、子どもなのにピアスしてるの??」クラウドが不思議そうに聞く。
ザックスは、
「この辺じゃ皆してるよ。そういえばクラウドはピアスしてないね。」そういいながら、クラウドの薄桃色の柔らかい耳たぶをいじった。
「ニブルじゃピアスはあまりしないよ。大人の女の人がたまにするくらいだ。」クラウドはあくびをして、ザックスの耳を眺めながらうつうつしだした。
ザックスは片手にクラウドを抱きかかえると、後でどうやって飛空艇の話をしようか考えながら眠りについた。
昼寝から覚めると、もう日は少し傾きかけていた。
「よし!!水浴びに行こう、な、クラウド!」ザックスはとび起きると、クラウドを連れて川に行こうとした。
「ザックス!!行く前に山羊に水やっておいて!!」ザックスの母さんが叫んだ。
「わかった〜〜!」と言いながらもクラウドの手を引いてどんどん走っていった。
川辺には、ザックスの友達も何人か来ていて、浅瀬に入って川海老を捕まえていた。
川の流れがゆるくなったその辺りは岩に囲まれている浅瀬が沢山あり、目をこらすと、透き通った川海老がたくさん泳いでいる。
日を浴びてガラス細工のような繊細な小海老たちがきらめく。
「お〜〜い!!獲れたか〜〜!」ザックスが声を書けると皆顔を上げて、
「100匹以上獲れたよ〜!」と返事が返ってくる。
ザックスがクラウドを連れて行くと皆一瞬黙ってじっとクラウドの顔を見た。
気まずい沈黙が流れた。
「ザックス、その白い子も一緒に遊ぶの?」網をいじりながら、一人の男の子がつぶやいた。
「そうさ。クラウド、知ってるだろう?ニブルヘイムから来たんだぜ。寒いところだ。」
ザックスはクラウドに、ここは川海老がたくさん獲れるんだ、と言いながら川を覗いていたが、突然、
「いけね!山羊に水やらないできちゃったよ・・ちょっと待ってて。すぐ戻る。」そう言うと、じゃりを蹴立てて走って行った。
ザックスが山羊に水をやって戻ると、クラウドが蒼白な顔で唇を引き結んで周りを睨みつけている。
「どうしたんだ?」と聞くと
「ザックス、飛空艇見つかったんだって?乗ってる人は皆死んだんだって・・今聞いた・・・」唇を震わせてザックスを見上げた。
ザックスはしまった、と内心思った。後でどうやって話そうかと悩んでいたのに・・・
「クラウド・・・」
「ザックス、知ってたの??なんで黙ってたの?」水色の瞳に涙が浮かぶ。
「オレ・・・お前が可哀そうだから、後で話そうって・・・」
「ザックスから聞きたかったよ・・・」クラウドはそうつぶやくと川辺の岩を蹴って走って行った。
「待てよ!」
「オマエら、余計なこと言いやがって!」ザックスは黙り込んでいる友達に怒鳴りつけるとクラウドの後を追った。
ザックスはクラウドにすぐ追いついた。
泣きながら走っているのを後ろから追いかけて抱きすくめた。
「ごめん、オレどういう風にお前に言っていいか分からなかったんだ・・」
クラウドはザックスの胸に顔を埋めると声をたてて泣き出した。
「お父さん・・・お父さん・・・」
ザックスは泣きじゃくるクラウドを胸に抱えたまま、近くの木の根元に座り込んだ。
クラウドの涙が服に沁みこみ、胸を濡らす。
両手で思いっきり抱きしめ頬ずりした。
クラウドの哀しみが直接伝わってきたような気がして、ザックスも哀しくなってきた。
それはとても単純な哀しみで、胸の中から溢れてとまらなくなった。
気づくと二人で抱き合って泣いていた。
「ザックス、ザックスまでそんなに泣かないで・・・」クラウドがじっと見上げてくる。
「ごめん、オレがバカで。」口に流れこんできた涙がしょっぱい。涙って塩辛いんだ、とザックスはぼんやり思った。
「ザックスがいてよかった・・・」クラウドがザックスの胸に顔を埋めた。
ザックスがクラウドの髪をゆっくり撫でると、少し安心してきたのか軽いしゃくりあげはあるもののクラウドの涙はとまってきた。
「ザックスの友達に、色が白すぎるって言われた・・・」クラウドがぽつんとつぶやいた。
「クラウドは白くて綺麗だよ。天使みたいだ。オレ、大好きだよ、そういう肌。」
「よかった。ザックスにも気持ち悪いって言われたらどうしようかと思った・・・」
「アイツら、後で殴っておいてやるからな。」
「いいよ、そんなことしなくても。ザックスが嫌われちゃうよ。」
「もう帰ろう。ほら、夕焼けが綺麗だ。」
ザックスは尻についた泥をはたくと、クラウドの手をとって立たせた。
西の空は茜色に染まり、低くたなびいた雲を複雑な色合いに輝かせている。
辺りが何もかも金色の光に染まってきた。
眩しさに目を細めながら、ザックスはクラウドと手をつないで家路についた。
クラウドの手は小さく柔らかく、ザックスの手にすっぽり入る。
二人で手をつなぎながら、こうやってずっと歩いていたいなあ、と思うとなんだか頬がほてってきた。
夕食が終わるとザックスの母は、ニブルヘイムと連絡がついたので、クラウドのお母さんが一週間くらいしたら迎えに来る、とクラウドに話した。
役場からジープを出して、海辺の発着場まで送って行ってくれるそうだ。
あと一週間でクラウドとお別れなのか・・・ザックスは、本当は喜んであげたいと思ったのに、どうしても笑顔が出なかった。
クラウドは母親に会えるのを楽しみにしてるようだ。
クラウドは小さいから自分のことを忘れてしまうかもしれない。自分は絶対クラウドを忘れない自信があるけど。
月の光の中に浮かび上がるクラウドの白い寝顔を眺めながらザックスは珍しくなかなか寝付けなかった。
楽しい日々はあっという間に過ぎてしまう。
その一週間はザックスの夏休みの最後の一週間でもあった。
単語のつづりを書く宿題をクラウドに手伝ってもらったり(これは母親にみつかってこっぴどく叱られた)、木の上に小さな小屋を作ったり、川で水浴びをしたりしてるうちに一週間はすぐ経ってしまった。
明日はもうお別れだという夜、ザックスは少し前から考えていたことを思い切って実行しようと、ベッドに入ってからクラウドに聞いた。
「クラウド、ピアス開けてみない?」クラウドはびっくりしたような顔でザックスを見つめた。
「オレのピアス、片方クラウドにやるよ。記念にして。」
「痛い?」クラウドは唇を軽くかみしめるとザックスに聞いた。
「うん、少しだけね。すぐ済むさ。オレ、開け方知ってるから。」
クラウドは緊張した顔でこくんとうなずいた。
ザックスはするりとベッドから下りると、
「今消毒薬と針持ってくる。」と言い、抜き足差し足でキッチンの方に向かった。
しばらくすると手に薬の壜と裁縫道具を持って戻ってきた。
枕元の灯りを強くすると、ベッドの上にクラウドを座らせる。
消毒薬で耳をきれいに拭いた。柔らかくて小さな耳だ。
少し手が震えてる。針も消毒し、片手にしっかり持った。
ほんのりと明るいランプの灯りの中、クラウドの耳が白く浮かび上がる。
ザックスは儀式を執り行うような厳粛な気持ちになり、クラウドの耳をそっと手にとった。
「いくよ。痛いけど動いちゃダメだよ。」
つぷっと耳朶に針が刺さる。
クラウドがびくりとしたのがわかった。片手で耳朶を少し広げるようにして一気に刺し貫く。
ぷくりと赤い血の玉が浮いた。
クラウドの目にゆっくり涙が浮かび上がり盛り上がるとつぅっと流れた。
ザックスの太腿に置いた手を固く握り締めたので、爪が食い込んだ。
ザックスはクラウドの耳に針を刺したまま、自分のピアスを片方とった。
消毒してから針を抜き、クラウドの耳にゆっくりはめこむ。
「終わった?」クラウドがまだ涙をながしたまま、ザックスに顔を傾けた。
「うん。オレの銀のピアス、片方つけた。ほら、オレは右。クラウドは左だ。」
「大事にするよ。絶対取らない。」クラウドはザックスを見つめまだ少し震えながら言った。
「オレのこと、忘れないで。」ザックスが言うとクラウドはうなずいた。
「忘れないよ。ありがとう、ザックス。」
ザックスは胸の中に熱い固まりがこみあげてきて、思わずクラウドを両手で抱きしめた。
もっと守ってやりたかった・・・
クラウドの顔をそっと上向けると、軽く唇を重ねた。クラウドはいやがりもせず、目をつぶって受け入れた。
大好きだ。ずっと一緒にいたかった・・・
初めてのキスは涙の味がした。
その夜は二人で手をつないで寝た。
明日からは別れ別れだ。
次の日、朝食を済ませた頃、甲高いエンジン音をたてて家の前にジープが止まった。
ほんの少しの身の回りのものを持ち、ザックスの古いTシャツとズボンを身に着けたクラウドは何度も振り返りながらジープに向かった。
「おばさん、おじさん、ありがとうございました。」クラウドはジープに乗り込んで座席に着くとぺこりとお辞儀をした。
「体に気をつけて、元気でね。」ザックスの母が手を握り、お弁当包みを持たせた。
「途中でお腹が空いたら食べてね。」
クラウドはザックスを振り向くと泣きそうな顔で
「ザックス!!!たくさん親切にしてくれてありがとう・・・また会いたいよ。ニブルにも来て!!雪を見せてあげる!」
そういってザックスの手を固く握り締めた。
「クラウド!!!オレのこと忘れないで!!」
ザックスの頬を涙が伝う。
役所の人がジープの扉を閉めた。
砂塵を巻き上げてジープが動き出した。
ザックスはしばらく追いかけて走ったが、こちらを振り向いて窓からのぞく金色の頭はみるみる遠ざかり、道の向こうに消えていった。
ザックスの夏休みは終わった。
故郷を飛び出して何年になったろうか?
念願だったソルジャー試験にも受かり、ザックスの履歴は華やかなものになってきた。
もうすぐソルジャー1stになれるんじゃないか、と統括にも言われてる。
ミッドガル待機の日々は訓練ばかりの単調な毎日だ。
それでも今日は神羅に新しい一般兵が入ってくるというので、友人とぶらぶら神羅の本社ビルに報告書の提出がてら寄ってみた。
一階ロビーのソファでタバコをくゆらせながら、社長訓示が終わって寮へとひきあげる新兵たちをぼんやり眺めていた。
奥のホールから玄関へと真新しい青い制服を着た新兵が次々通り過ぎて行く。
その中にまばゆいようなプラチナブロンドの頭が見えた。
はっとして立ち上がり横顔をじっと見る。
もしかしたら・・・
ザックスは追いかけようとしたが、押し寄せる人波で近づけなかった。左耳の銀のピアスが光った。
「クラウド!!!」
通り過ぎて行った金色の頭がゆっくり振り返った。
見つけた・・・
白い顔が呆然とザックスを眺めていたと思ったら、恥ずかしそうにふっと笑った。
遠い昔に終わった夏休みがまた始まったような気がして、ザックスは軽い足取りで神羅ビルを後にした。
爽やかな風が吹いている。ミッドガルにももうすぐ夏がやってくる。
完(2008/10/25)