【鎖をひきちぎり・・・】



永遠の愛を誓うというのはある意味互いに呪いをかけあうことなんだと思う。


愛はうつろうし、意外に脆いものだ。
夜毎に形を変える月に愛を誓わないでなんて囁きあうくらい皆不安なんだ。


「永遠の愛」なんてほとんどは幻だし、若い恋人たちがうっかり口にする世迷いごとの類だ。

本当の永遠の愛は、繰り返す苦い思いと苦しみを常に味わい、別離に泣き出会いに狂喜し、決して悟ることもなく互いにしがみつき、時には一緒に奈落に落ち、それでも身を焦がす狂ったような思いから自由になれない、そんな恐ろしい業深い呪いだ。




その日はいつもと同じ、何の変哲もないごく普通の日だった。

デリバリーから帰ってきて、埃をシャワーで落とし、さっぱりして仕事部屋でくつろいでいたら、電話がかかってきた。

「はい、ストライフデリバリーサービスです。」電話にはこれまたいつも通り事務的に答えた。

「久しぶりだね、クラウド。ルーファウスだ。君にちょっと直接話したいことがあって電話したんだ。」
ルーファウスから直接話したいことがあるなんて、ロクなことじゃないような気がする。

「仕事の依頼ですか?」一応聞いてみる。

「いや、電話でちょっと話せるようなことじゃないんでね。一度こちらに来て話しを聞いてもらいたい。」

なんだかやけにもったいぶっている。イラっとしてきて

「そんな大変なことなんですか?オレじゃないとダメなことでしょうか?」思わずつっけんどんな言い方になってしまった。

「そう機嫌を悪くするなって。ともかく2〜3日中に私のところに来てほしい。」
なんとなくイヤな予感がする・・・この社長は実に食えないヤツだから。

「このところ仕事が忙しいので、すぐには行けません。オレにも色々予定がありますから。」またぶっきらぼうな声をだした・・

「ふん、全く冷たいヤツだな。私とは旧知の仲じゃないか。あるソルジャーの蘇生に関わることだって言ってもダメかな。」

あるソルジャー???全身から一瞬血の気が引いた。まさか・・・ああ、ダメだ、考えては・・・

「ザックスって聞いたことあるよね。」電話の向こうの声が遠のく。呆然として受話器を取り落としそうになった。

ザックス・・・ザックス・・・頭の中でその言葉は何度も反響し、足元が崩れていくような眩暈に襲われた。
椅子にどさりと腰を下ろす。

「もしもし???クラウド???聞いてるか???」

「はい・・・明日朝そちらにうかがいます。」かろうじてそれだけ答えて電話を切った。

ザックスが蘇生???
クラウドは開いてるままになってる窓から外を眺めた。
もう夕日も沈み、とっぷりと日が暮れている。初夏の風が軽いカーテンを翻して吹き込んでくる。

明かりもつけず、クラウドはしばらく外の闇をじっとみつめていた。
たった一本の電話が日常をくつがえす・・・




翌日は午前の仕事の予定を変更し、朝早い時間に家を出た。
昨日はほとんど眠れず、うとうとしたと思ったら悪夢にうなされて目が覚めたりしてた。

混乱する記憶の片隅から蘇ってくる思い出が胸をしめつける。
断片的に戻ってる記憶は空白な部分が多いだけに不安をかきたてる。

自分は一体何をしたんだろう?
自分は一体何をしなかったんだろう?

あの時。運命を変えるために。

フェンリルの力強い振動だけがこの現実に結び付けてくれる感覚のようで、クラウドは両脚に力をこめて愛車を駆った。


ヒーリンロッジに着くと、灰色の飾り気のない建物を眺めながらクラウドは深呼吸した。

きしむ階段を上り、入り口の扉を開くと、ルーファウスが両端にレノとルードを控えてゆったりと安楽椅子に座ったまま軽く手をあげて挨拶をした。

「久しぶりだな、クラウド。呼び立ててすまなかったが、オマエを抜きでは話が進まなくてね。」

「用件は簡単にはっきり言ってくれ。もしも、とか、かもしれない、って言うのはナシで。」
クラウドが珍しくはっきりした言い方をすると、ルーファウスは肩をすくめた。

「神羅のわずかに残ったソルジャー研究施設の一つにザックスが収容されている。損傷が大きくて再生に手間取った。
先日意識を取り戻したと報告があってね。」
ルーファウスはレノに目配せをすると、レノが棚からファイルを一冊出してきた。

「クローンではない。本体だ。なかなか意識が戻らなかったんでもう諦めてたんだが。」

ルーファウスはファイルを開くと報告書をパラパラとめくり、写真のあるページを開くとクラウドに渡した。

そこには黒髪のソルジャーが写っていた。

こちらをじっと見つめてるその写真は確かに記憶の底に沈んでいたザックスのものだが、果たして本当にザックスなんだろうか?

クラウドは胸の中に生じた言葉にならない渦巻く感情に混乱し、それ以上ザックスの写真を正視できずルーファウスにすぐ返した。

「ザックス・フェア、ソルジャー1st。大量の魔光とジェノヴァ細胞の補填のお陰で生き返ったようなものだ。まだ精神的に不安定で、色々な検査は出来てないんだが、まずは君に会ってもらいたいと思って。最後まで一緒にいたのは君だし、それに・・」

「彼が意識を取り戻した時の第一声が君の名前なんだ・・・」





あたりは温かな柔らかい光に包まれている。
薄青く翠を帯びた光はところどころまばゆかったり影を作ったりしながらゆったりとうねっている。
遠い太古の海の寄せては返す律動の中に無防備にたゆたってるようなくつろいだ感覚だ。

生まれる前にもどったのかもしれない、と考えて、その考えが浮かんだことに驚く。

ああ、自分はなにか思考できる、感じることができる、と今気づいた。

体はあるんだろうか?

手をゆっくり動かすと、たしかに動いた感触がした。足をのばして伸びをする。
足の指先までついと神経が通じたような気がした。
目は開いてるんだろう。光が見えるから。

全身でおもいっきり伸び上がると頭上に金色の光が見えた。あそこだけ色が違う。

あんな金色を見たことがある。オレの大好きな色だ。

そこへ向かって泳ぐように手を伸ばす。

ああ、ここから出られる・・・あの金色のところへ行ける・・・


「ザックス!!ザックス・フェア!!!わかりますか??」
海から急に上がってきた人の耳には音は鮮明に聞こえない。

耳の中にも頭の中にも、さっきまで浸かっていたあの薄翠の光がつまってる・・・

金色の光に手を差し伸べたんだ、オレは。

あの金色は・・・オレの目に映ったあの金色の光はどこにある??

ゆっくり瞼を持ち上げる。そして求めていたものの名を呼ぶ。

「クラウド・・・」




「オレは・・・オレは・・・」クラウドは言葉が継げなくなり絶句した。
あれから何年経ったんだろう?
今はそれなりに平穏に暮らしており、やっと普通の人間らしい生活をそれなりに楽しんでいる。
思い出せないものはたくさんあるけれど、今の生活には関係ない。
記憶が欠落してるのはむしろ幸運なんじゃないかって思ってた。

彼の名前は自分の中では禁句だった。心のほとんどを占めているどろどろしたこの熱いマグマのような感情は表に出すわけにはいかない。
厳重に封印され、誰にも見せない、感じさせないように大事に隠していた。思い出す努力もしない・・・
荒涼とした草原の地下に活動してる火山があるようなものだ。

もし自分が外から見て薄ぼんやりしているように見えてるとしたら、それは荒れ果てた草原で足の下にあるマグマの轟きに耳を澄ませているからだ。

それなのにいきなり直視させられるなんて・・・
きっと呑み込まれる。自分の心に。


「まあ、ここで即答しなくてもいいから、考えておいてくれ。2〜3日内に迎えをよこすから。」

ほとんどカタレプシーのように無表情になり、動きを停止したクラウドをルーファウスは苦笑いしながらみつめてそう言った。

何をクラウドはそんなに悩んでいるんだろう?
この二人の間に何があったか知らないが、ともかくザックス蘇生の後の精神上のリハに大きな影響力があることだけは確かだ。
なんとしても承知してもらわないと。

レノはクラウドに歩みよると、ポンと肩を叩いた。

クラウドはハッとしたようにルーファウスを見た。

「ともかく一度帰る。返事は後で。」

そう言うと踵を返してその部屋から出て行った。




帰宅したからといって問題が解決するわけではない。
夕闇の中、ベッドに横たわって思いを馳せる。
自分の過去へ。
思い出は断片で前後もなく、きらめくカケラのようにあちこちに埋まっている。
古い化石みたいに。

ザックス・・・暗闇の中でつぶやいてみる。

その途端肌に大きな骨ばった手の感触を感じ、ぎょっとする。
今オレは何を思い出したんだろう・・・?
その感触は優しく体の上を這い、恍惚とした甘い感情を呼び覚ました。

ザックス・・・もう一回心の中で呼んでみる。

蒼い目と自分を包む固く引き締まった筋肉の感覚が蘇る。
胸いっぱいにひろがる甘く苦い思い。

とっぷり暮れてわずかに外の街灯の灯りのみ入る室内でクラウドは記憶が溢れ出てきそうな予感に震えた。
大事な大事な記憶が。
思い出すと危険な記憶が。

今はすべての記憶を思い出すわけにはいかない。
ザックスという名前を聞くだけで、切なさとともに堰を切って溢れそうに迫ってくる危険な思い出・・・



ザックスはベッドの上で目をしばたいた。
真っ白な壁のその部屋には消毒薬の匂いがたちこめてる。自分を見つめる白衣の人影に気づくとびくりとした。

「驚いてるな?ここは病室だ。今はεγλ0011。君は4年のタイムスリップをしたわけだ。体の調子はどうかね?こんなに時間が経ってからの再生は初めてなんでね。コールド・スリープ状態だったんだよ、君は。」
医師らしい男がのぞきこんでくる。

まだ頭にあの薄翠の光が詰まってるような気がする。

オレは生きてる??ゆっくり手を握ったり開いたりしてみる。
アレは、アレはどうしてるんだろう?生きてるんだろうか?

「クラウド・・・」顔を上げて医師をみつめる。
「クラウドは??」

医師はザックスの瞳に生気が蘇ってきたのを見てほっとした。クラウド、といえばあの男だ。
ルーファウス社長から手を出さないように言われてる、貴重な元サンプル。

「クラウド・ストライフは生きてる。元気だよ。」

ザックス・フェアの顔に心からの安堵の色が浮かんだ。

「会いたい・・・」ザックスは両手の指を白くなるまで握り締めた。



次の日は一応通常通り仕事をこなした。
頭は昨日聞かされた話で一杯だ。そんな時にただ機械的に忙しいのは救いだ。
猶予期間をもらってるようで。
考えたくない。自分は何から逃げようとしてるんだろうか?
直視するのが恐ろしくて返事ができない。

何を恐れてるのか自分でもわからない。

ザックス、という名前を考えるだけで胸がひきちぎれるように苦しくて、思考が停止する。

夕方早くに帰宅すると、珍しくすぐにアルコールに手を伸ばした。
酔えばこの苦しさが変わるかもしれない。まだ夕暮れまでにも時間がある。その後には長い夜が控えてる。
ともかく酔ってしまおう・・・

一人でカウンターで飲んでると入り口の扉がカランカランというベルの音とともに開き、見知った顔が入ってきた。

「よう!何悩んでるんだ〜〜ザックスのご指名でお迎えだぞ、と。」

クラウドが振り向くと、その赤毛の男は口元に軽い笑みを浮かべて近づいてきた。

「考えるより動けだぞ、と。アイツがオマエを待ってる。」レノはクラウドの腕を捕まえると無理やり立たせ、ひきずるように連れて行き、外に待ってる車に乗せた。


「相変わらずややこしいヤツだな、オマエは。何考え込んでるんだぞ、と。?会うか会わないかしかないんだゼ? で、結局オマエは会うんだぞ、と。だったらさっさと会え!」

黙りこくっているクラウドの横で、レノはどさっと座席によりかかり両腕を頭の後ろに組んで呆れたように言った。

「オレは・・・オレは・・・」かろうじてそれだけ言うとまた黙り込んだクラウドをレノは不審そうに眺めた。

この二人に何があったんだろう?オレ達の知らない何かがあるのかもしれない・・・





郊外の目立たない建物に着くと、ゲートでチェックを受ける。地味な建物の割にはセキュリティが厳重だ。

レノに連れられて奥深い建物に入っていく。曲がりくねった廊下の先に病室があり、ドアが廊下の明かりを受けて薄白く光って見える。

「あの病室だ。今は起きてるはずだ。」

自分の足音が人気のない廊下に響く。頭の中は真っ白だ

かちゃりとドアノブを回しドアを開けた。

窓からは茜色の夕日が差し込んでいて、翻る白いカーテンを淡い朱に染め上げている。
ベッドの上に黒髪の男が一人背を向けて座っていた。
男はドアの開いた気配にゆっくり振り向いた。

金色の光に照らされたその顔を見た途端心を締め付けていた鎖がちぎれ飛んだ。

ザックス・・・

何も考えてなかった。
ただ彼目指して走り、気づくとベッドの上で抱きついていた。

ザックス!!!ザックス!!!



不意を食らったザックスはクラウドを抱えたままベッドから転落した。

「いってぇ〜なあ、おい、クラウド。」
ザックスがクラウドに笑いかける。二人の間の時間が瞬間に消えた。
ザックスは頭をさする。全くいきなり飛びつくなよ・・・
顔に滴るものにはっとして見上げるとクラウドの瞳からはらはらと涙が流れている・・・

ザックスの頬を濡らし、唇を濡らし、顎を濡らし、胸元を濡らす。

渇いた唇に温かい涙が注がれると生命がほとびるようにゆっくり口を開く。

クラウド・・・

クラウドの柔らかい唇がゆっくり重なる。



この肌、この唇、この腕・・・
奔流のように思い出が蘇る。

ザックスを固く抱きしめ、互いに貪るような口づけを交わす。

もう後戻りできない。

思い出した。

何もかも・・・


     完(2008/12/23)

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