ミッドガル雑記;ミッドガルの12ヶ月

□Too Much Happiness(2010/12月クリスマス)
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「オレの名前はクラウドだ。言ってみて。ク・ラ・ウ・ド。」
ベッドに腰掛けた黒髪の男の隣に座り、その肩に手をおいて同じ言葉を何度も繰りかえす。
男は虚空をじっとみつめたまま、クラウドの声が聞こえているのかいないのか、時々頬なんかぽりぽり掻いている。
精悍だった面差しは、なんだかやけにお人よしのような優しい雰囲気に変わっており、この男がかつてソルジャーと呼ばれた殺しのプロ集団に属していたとは誰も信じないだろう。
昔より少し痩せてはいるが、胸板などはいまだにクラウドより厚く、単調な肉体労働のリハビリの効あってか体格もそう以前とは変わっていない。
ただ・・・脳に少々後遺症が残っている。

多少動作にぎこちなさはあるものの、日常の行動は少し手伝えばなんとかなる。
かつて体で覚えたものは条件反射のように繰り返すことができるようだ。
食べ物があれば一人でもりもり食べるし(ただし、フォークが目の前になければ手づかみで食べてしまう)、服をあたえれば一人で着ることもできる。(ただし、裏返しでもボタンがかけちがってもそのままだ)
案外いい状態なんだと勘違いしてしまうが、言葉が・・・全く出ない。
失語があると言われた。
そしてなんというか、現実と違う世界を夢見心地で漂ってるような、離人症のような感じなのだ。



引き取ったクラウドは色々面食らった。
ザックスはクラウドのことを認識していないようだったし、日常のこともどこまで出来るのかよくわからなかった。

シャワーは・・・一番手がかかった。
最初に一人で入らせたら、シャンプーを一壜全部使ってしまったうえ、いい加減に流して出てきたので、髪はぬるぬるだし、床にも泡が滴って大変なことになった。
これは一緒に入ってやらないとマズイだろう、その時自分は平常心でザックスの面倒を見てやれるだろうかとかなり心配になったが、クラウドの意に反して(?)ザックスにその手の衝動はないようだった。
なんだか内心がっかりして、子どものように全身を洗わせるザックスと一緒にシャワーを浴びた。
シャンプーが目に入ると痛そうに顔をしかめるので、これはシャンプーハットを買ってやらないといけないんじゃないか、果たして大人用のそれは売ってるんだろうかとか余計な心配も色々した。
髪から滴る泡を全部流して体も綺麗に洗ってやればザックスは気持ち良さそうに目を細める。
浅黒い体躯は引き締まって筋肉質だが、かつて「わりい、言うこときかない・・・」なんて絶倫ぶりを自慢してた性器はのんびりと大人しくしており、クラウドが恐る恐る手で泡を洗い流しても何の反応もない。
温かいお湯をかけるとうっすら笑う口元がなんだか可愛くてつい唇を重ねても、ザックスの目はクラウドを見ていない。はるか遠くのどこかを見つめており、空に向かってちょっと微笑んだりするのがかえって悲しい。これじゃ、かつての自分とそっくりだ。

昼間クラウドが留守にする間は、近くで小さな農園を管理しているニコラスという気のいい農夫にザックスを託していく。
ひたすら畑に水を撒いたり、土を耕すような単純労働はなんとかできる。
大声で命令すると、ただその命令に従うくらいの知能はあるようだ。
もちろん複雑な命令はわからない。
「いや、まいったよ、畑を耕しておくように言ってからしばらく目を離したら、畔もみんな壊して一面全部耕しちまった・・・」
ニコラスは苦笑してたが、クラウドはひたすら平謝りした。

確かに手はかかる。でも少しずつ回復していってるんじゃないか。
その希望にすがりついて今日も手とり足とりいろいろ面倒をみている。
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