ミッドガル雑記;ミッドガルの12ヶ月

□3月
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3月14日 ホワイトデイ

 ニブルヘイムには生クリームの菓子なんて売ってなかった。もちろんチョコレートも貴重品。
 そんなわけでクラウドはミッドガルに来るまで「バレンタインデー」に恋人にチョコレートを送るイベントがあるなんて知らなかった。
 バレンタインデーを知らなかった、というのは正しい言い方ではない。ニブルヘイムのバレンタインデーは、本当に聖バレンタインに感謝を捧げる日で、人々はちょっと着飾って教会に行き、村の年寄りだの未亡人だのが作ったニブル独特の固く焼きしめたハードケーキを神父さんから有難くいただくのだ。
 このハードケーキがまた固いのなんの・・・元々保存用に作ったものだから、ドライフルーツだの木の実を練りこんで激甘に味付けし、二度焼きしめる。齧ってるうちに歯が痛くなるというとんでもないシロモノだ。年取った時の基準として『バレンタインの菓子も食えんようになった』という言い回しがニブルにはあるくらいだ。
 田舎の母から、バレンタインには送るわね、一年は保つからお腹が空いてお金がない時にでも食べるように、と手紙が来た時は涙が出そうになった。
 いらねえよ・・・というのが本音。でも母が送ってくれるんじゃしょうがないなあ、なんて諦め気分だった。
 誰か友人にあげてもきっと誰も喜ばないだろう、何しろ固いし甘いし風情の一つもない菓子だ。

 そして2月の14日。送られてきた箱一杯のニブル製焼き菓子。

 一応型抜きして作ってあるので、無骨な星やハートの形の大ぶりのクッキーといった外観だ。色はこれまた色気のない焦げ茶色。なんの装飾もない。

 ほんとにまあ、田舎だよな、と思いつつ一口齧れば懐かしくも素朴で淋しい田舎の味がする。

 箱一杯の菓子を持て余し、誰か食べてくれる人はいないかな、と考えた。

 まず、歯が丈夫であること。このスーパーハードクッキーをがりがり食べることの出来る人間離れした歯の持ち主。
 次に、適度に味音痴であること。激甘で微妙にミスマッチなドライフルーツと木の実の風味にへっちゃらのヤツ。
 そして、これが一番肝心、この田舎臭い菓子を見てもバカにしないくらいの田舎出身であること。なんだ、コレ、だせえ、とか言わないくらいの田舎人。

 そして・・・一人ピッタリの人がいることに思い当たった・・・


 ザックスとは以前あるミッションで一緒になってから、付き合いが始まった。
ソルジャーなのに気取りがなく、同じ辺境地出身であることから何かと気安い。
 最近は互いに部屋を行き来したり、一緒に遊びに行ったりとまあ「親友」と言ってもいいんじゃないか、というくらいの付き合いに発展してる。
 もしかしたら「親友」以上かもしれない、という事件も最近あった。
 先週一緒に飲みに行った時、ザックスがいきなり帰り道でクラウドを後ろから抱きしめたのだ。
 かなり酔っていたとはいえ、クラウドとしては衝撃的な事件で、思わず女のごとく肘鉄をザックスのみぞおちにきめてしまった。
 ザックスは唸りながら腹を抱え、わりい、酔い過ぎた、なんていって苦笑いしてた。
 過剰反応した自分が恥ずかしく、逆にいまだになんだか変にどぎまぎしたような気分が抜けず、あれからザックスにも会ってない。

 コレ持って仲直りに行こうかな、単純にそう考えたクラウドは久しぶりにザックスに連絡をとった。
 それが2月の14日、夕方のことだ。

 クラウドからの電話を間髪いれずにとったザックスには驚いた。
まるで待っていたみたいじゃないか・・・

「ザックス、ちょっと食べてほしいものがあるんだけど・・・」

「おお!!もちろん食うってば。もしかしたらくれるんじゃないかな、なんてオレちょっと期待してたんだよ!でもこの前のこともあるからすげえ心配で、朝から緊張してたんだ。」
 ザックスはなんでこの菓子のことを知ってるのかな、とふと疑問に思った・・・

「今からそっちに行くよ。あまり美味いもんじゃないから期待しないで。」

「え!!!もしかして手作り??!!」

「ああ、手作りは手作りなんだけどさ、ホント期待しないでくれよ。」

 やたら浮き浮きした声で待ってるぜ〜なんて言ってたザックスの反応に気をよくし、大きな茶色の紙袋にざらざらとほとんど全部詰め込んでザックスの住むマンションに急いだ。

 部屋のチャイムを鳴らそうとした瞬間扉が開き、満面の笑みのザックスがそこに立っていた。

「久しぶり、ザックス。」挨拶をするとまあ、入れよ、と背中を押す。

 クラウドがザックスの胸にぽんと茶色の紙袋を渡すと、少々怪訝な顔をしてからにやりと笑った。

「茶袋かあ、テレ屋さんだな、クラウドは。」
 何言ってるんだ?ザックス・・・

 二人で差し向かいにソファに座ると、さっそくザックスは茶袋を開けて中を覗き込んだ。

「ナニ??これ・・・」

「ニブル風クッキー、というか、ハードケーキ。食ってみて。」

 ザックスは恐る恐る一枚取り出すとばりばりと軽やかに噛み砕いて食べだした。
やった、最初の関門クリア。ザックスなら噛めると思ってた。

「美味い?」
「ああ、甘くて美味いな。」
 第二の関門もクリア。さすが、ザックス。これを美味いと言ってくれる人にミッドガルで会えたのは幸運だ。

「クラウドからまさかバレンタインに菓子もらえるとはな〜〜・・・それもニブルの伝統菓子だろう?嬉しいよ。」
 ザックスが熱っぽく見つめてくる。
「ありがとう・・・」
 ザックスはクラウドの手をそっと両手で握り締めた。
「今夜は初デート、って感じになるな。オレさっき夕食にいい店予約したんだ。」
 え???こんなクッキーあげたくらいでなんだかオオゲサ・・・
「すげえ、嬉しい・・・」

 なんだか話が食い違ってきてるような・・・

「ど・どういうこと・・・?」
「クラウドからの愛の告白がだよ!!バレンタインにクラウドから菓子もらえるなんて!!」

 鈍いクラウドにもようやく事情が飲み込めてきた。どうやらバレンタインの意味がミッドガルでは違うらしい・・・
 どうしよう、こんな喜んでるザックスに今更本当のことなんて言えない。
 心の中で迷うこと数分。自分の気持ちをよく考えてみよう、なんて柄にもなく思ってみたりした。

 じっくり目の前のザックスを眺める。
彫りの深い精悍な顔立ちは自分がこうなりたい、と思ってたタイプ。
 ソルジャー特有の硬質な蒼い瞳が笑みを含んで自分を見つめる。
 いい男だ。
 付き合ってみてもいいかもしれない。男と付き合うなんてちょっとイヤな気もするが、親友+アルファくらいのつもりで仲良くやっていこう。他に迫ってくる野郎どもへの牽制にもなりそうだし。

 ともあれ、きっかけはそんなイイカゲンなものだった。
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