Miyabiの図書室
□紫陽花の涙(更新中)
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<第一章 出会い>
初夏の蒸し暑いある日のことだった。
理奈は、愛用の扇子を片手に社内報の記事の最終チェックをしていた。
前任の社内報担当者が、妊娠・退職っていうことで、社内報を真面目に読んでいたってのが理由だけで、
理奈は急遽大した引継ぎもされず、ようやく仕事もなれた2年目にして給与課から移動になり早1年。
初めはかなり戸惑ったものの、初めてみると中々面白い仕事だ。
毎月発行する社内報を作るのが私の仕事。
毎月1回定例の全国の各支社社内報担当と会議。その会議で、今月どういう記事を作るかを決定し、詳しく打ち合わせ。
その後、支社担当が作成した原稿チェックしながら、修正し、できあがっていくのだ。
社長の毎月の談話や、本社内での記事作成は理奈自ら作成している。
まるで出版業界にでもいるような錯覚に陥る仕事の内容なのである。
今月は、早めに支社から原稿があがってきたので、締め切りまでまだ3日。
余裕がある中での最終チェックは、いつもより穏やかなものだった。
「理奈。そろそろお昼行かない?」
同期の佳代子の声に、社内の壁にかけられている時計を見ると、既に12時を回っていた。
その日は、何となく冷麺が食べたくて、近くにある地中海料理のランチがいいと佳代子に言った。
その店で、夏になるとランチメニューに現れるシーフード冷麺。
少し値段は、ランチにしたら高めだが、なかなかさっぱりとしたレモン風味で美味しい。
ムール貝や海老、野菜などが乗っていて、暑い日はその冷麺が恋しくなる。
「いらっしゃい。今日は来ると思ったよ。」
店のマスターがにっこり二人を迎えた。
店内は、まだ数席テーブルが空きがある。
二人は、シーフード冷麺を注文し、熱帯魚が優雅に泳いでいる大きな水槽の脇のテーブルに腰をかけた。
理奈はボーッとその水槽を見つめていた。
佳代子は、ポケットからシガレットケースを出して、タバコに火をつけた。
「やっぱダメね。禁煙1週間にしてリタイアだわ」
このセリフは入社以来何度聞いたかわからない。
先週佳代子が、突然禁煙宣言を言い出した時から既にこうなることは予想がついていた。
フーっと横向き加減に、佳代子は煙を吐く。何気なく理奈はその煙の先を見た。
そこには、外注の印刷業者の担当の中野さんが壁際で、一人コーヒーを飲んでいた。
社内報印刷を頼んでいる担当員だ。
いつも彼女は、紺のスーツに薄化粧。
そして長いであろう髪を上で束ね、どちらかというと、真面目一本という言葉が似合いそうなタイプだった。
彼女は、恐らく食事を済ませた後なのだろう。
暫らくすると、大皿に綺麗に飾り付けられたシーフード冷麺が運ばれてきた。
さっとレモンを絞って、全てをよく混ぜて絡めて食べるのがここでの通例。やっぱり暑い日にはこれに限る。
「ねぇ理奈。週末コンパがあるんだけど、こない?今回は結構粒揃いらしわよ。」
佳代子は、顔もなかなか、それにとても付き合い上手で色々なところから声がかかるらしく、いつも理奈も無理やり引っ張って参加させられている。
「どうせ、断っても連れて行かれるんでしょ?ちょうど今月は余裕あるからいいよ。」
喉越しにひんやりとした冷麺、仕事にも余裕があったので、理奈は珍しく気分良く素直にその誘いに乗った。
壁際の外注業者のその女性に目をやると、足を組んで長いタバコを銜え、壁に向かってタバコを吹いていた。
何となくいつもの営業の顔とは違う雰囲気をかもし出していた。
あの人、煙草吸うんだ・・・・・・。
それから暫らく佳代子が、週末のコンパに来る男性たちの話で盛り上がっていたその間に、もう彼女の姿はなかった。