その他短編

□刹那の空夢
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*捕らえ方によっては死ネタです。作者は一応切を目指したはず。









「どうしても、」


夕焼け空に映える黒い影の雲が風とダンスを踊る日のこと。
きらきらと輝く波打ち際に濃く、長く、伸びた影がゆらゆらと揺れる。
そんな景色をバックに、青年は悲しそうな声色で呟くように、零れ落とす雫のように、言葉を洩らす。


「そうだよ、どうしても」


その言葉に少しだけ顔を下に向けた少女だったが、やがてゆっくりと青年の方へと向き直れば首を緩やかに横へ振る。
それは勿論、相手の言葉を否定する意味を持った行動で。
青年は唯、黙って俯くことしか出来なかった。

そんな彼を見て、少女は一瞬少し複雑そうな顔をしてから酷く優しさを帯びた言葉で語りかける。


「ねえ、私はね、あの日グレイと会えて良かったよ」


裸足の少女が、ぱしゃぱしゃと軽く水を纏った足でグレイの前へと出る。
俯いていたグレイの顔は、少し身長の低い少女からは丸見えだ。


「幾つもある生命の光の中で、たった一つの君と会えた。それってきっと凄いことなんだよね。
 って……それは普通に小説とかで見るんだけどね。でも、実感したのは初めて。
 ずっとずっと、忘れないよ。絶対に、絶対に」


背中に組んだ手をぶらぶらと揺らしながら後ろ向きに歩く彼女は、一言一言をとても大切そうに、愛おしそうに紡いでいく。
その様子が、「最後」を告げているようで、グレイは胸が苦しくなった。


「(これ、で。これで、本当に最後……だ)」


ツキン、ツキン、と太い針が心臓を幾度も刺していく。
その痛みは、彼自身よく知っている。「恋」をしていた時、嫌という程味わった。

あの時は、こんなに辛くはなかったけれど。
あの時は、もっと甘酸っぱいものだったけれど。

どうやら、恋愛の「愛」の方を体験している身には、この痛みは辛さを与えるようだ。


「今までの思い出があるから、私は今此処に居て、グレイとお話が出来る。
 それも、きっと凄く大事なこと。……良かった、よ。失う前に、気がつけ……て」


嗚呼、どうやら「愛」の体験者へ与えられるものには涙腺を刺激するようなものも含まれているらしい。
証拠に、目の前の少女の瞳には幾度も幾度も零れ落ちる大粒の涙。

夕日に輝くそれを綺麗だと思う余裕など、グレイにもなかった。
気を緩めてしまえば、その瞬間彼も泣いてしまいそうだったのだ。

どうして、なんて考えるまでもない。
きっと、自分は、彼女は、悲しいのだ。辛いのだ。――別れが。


絆を裂く訳でも、思い出を失う訳でもないのに。
それでも、確かな何かが消えようとしているのが、嫌なのだ。


「ねえ、グレイ」


彼女が、グレイの名を呼ぶ。


「大好き、だったよ。ずっと、ずっと愛してるよ」


震える涙声で、ぐしゃぐしゃになった顔で、言う彼女がとても愛おしくて彼女を抱きしめたのか、
それとも、泣きそうになった酷い自分の顔を隠そうと彼女を抱きしめたのか。
きっと答えは両方なのだろう。けれど、今はそんなことに構っている暇などない。


「有難う、本当に……有難う。一杯、思い出を有難う。
 わたしをすきになってくれて、ありがとう」


何度も有難うと呟く彼女の腕が自分の背中に回され、そしてそれに力が篭ったと一瞬だけ感じたその瞬間、グレイは異変に気づいた。気づいてしまった。
だけど、あと少しだけと強く願って抱く腕に更なる力を込める。

あと少し、ほんの少しで良いから。


「また、絶対、此処で……夕日、一緒に見る、からな」


途切れ途切れの言葉でも、一つ一つの音に必死に力を込めて。
でないと、どうしようもなく震えて消えてしまいそうだから。


「うん、また一緒に……見たいな。グレイと、いっしょに、ゆうひ……」


少しだけ離れた彼女が最後に呟いた言葉。
涙と笑顔が入り混じったその顔に、グレイは少しだけ微笑を返した。

そうして彼女は――『此処に居るはずのない』彼女は、夕焼けの空へと消えていった。
最後に、小さな小さな口付けを残して。

グレイは淡い光となって消えた彼女の名を、涙と一緒に一つだけ零した。




【刹那の空夢】
(その中、で)(交わした約束だけはどうか、ホントウになれば良いのにと願う)


+ + +

クレアが生きていれば切、死んでいればそのまま死ネタな小説で復活! 乃島です。
お久しぶりですー。上の小説あんなテンションでも乃島は何時ものテンションですよー!(空気読め)

当初は感動して貰える小説を目指した……はず。
涙までとは行かなくても、ちょっとでも感動して頂けたなら嬉しいです!


2009.10.04 音成 舞綾(転載日時)

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