その他短編
□夜の海
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「ほらほらっ、早くー!」
「ちょ、ちょっと待てよっ」
ハーフエルフの少年――オルファスは、ずっと前の方で自分に向けて大きく手を振る少女に向かって叫んだ。
時は夜になったばかりといった所か。
子供のオルファスたちが何故こんな時間に外に居るのかというと、学校でつい仲良く寝過ごしてしまったのだ。
そこでオルファスは正直に謝りに行こうと主張するのだが、少女――アリアはそんなものに聞く耳を持たずといった様子で少しだけ探検しよう、と言い出した。
オルファスも反論しようと口を開くのだが、彼女はそれよりも先に学校の外へと飛び出して行ってしまい、仕方なく追いかけることになった。
そうして冒頭に至るのだ。
「ねえ、ほら! 早くしないと見つかっちゃうよーっ」
「……はあ、分かった。せめてもう少し静かにしてくれ」
「えへへ、了解です」
敬礼ポーズを作ってにかっと笑ったアリアだったが、良かったのは返事だけで。
やはり全力で走り出してしまった少女にオルファスは一つ溜息をついて、その身に纏ったマントを背中に揺らし、久々に全力疾走で駆け出した。
そうして二人は広場を駆けて、やがて海辺に到着した。
そこで、二人は目の前の光景に言葉を無くした。――夜の海が、あまりにも綺麗だったからだ。
暫く経って、最初に沈黙を破って歓喜の声を上げたのはアリアの方だった。
「うわぁー……。見てみてっ! ねえ、凄いね!」
「そんなに言わなくても分かる。……それにしても凄いな。初めて見た」
珍しく自分の言葉に同意を示すオルファスに少し驚いたアリアだったが、そんなことに構っていられる余裕はどうやらなかったようで。
再び楽しそうに水辺に走って行っては水に手を伸ばしてみたり、と遊び出した。
この二人が此れほどまでに感動した夜の海の景色、というのが
波に反射して輝く月や星たちだった。
普段は精々部屋の窓から見上げる程度にしか見なかったそれらが、目の前で輝いている。
それがとても神秘的な光景を作り出して、まるで二人の小さな訪問者を歓迎しているかのようだった。
しかし、そんな不思議な空間も次の瞬間壊れてしまうこととなる。
「わあ、すっごーい! ……あっ」
「アリア!」
海の水を掬って遊んでいたアリアの体がぐらりと傾いた。
オルファスが咄嗟に手を伸ばして彼女の名前を叫んだ時には既に時遅し。
彼女はその身を水の中へと沈めてしまった。
数秒して海の中から顔を出したアリアが橋の上のオルファスに向かって微笑む。
どうやら無事なようだった。――濡れてしまった服以外は。
「気持ち良いーっ!」
「……そんなこと言ってる場合じゃないだろ」
「えー、オルファスもおいでよー」
「遠慮する」
アリアの提案を一秒も悩むことなく断ったオルファスであったが、彼女がその程度で諦めるはずもなく。
一瞬だけオルファスが顔を背けたその時、にやりと悪戯を思いついた子供のように笑うと彼の手に自分の手を重ね、そしてそれを思い切り引っ張った。
勿論、それらが起こせる一瞬の隙を見せてしまったオルファスは抵抗する術も無く、アリア同様海の中へと落ちていった。
「あはは、これで一緒だねっ」
「笑い事じゃない……。怒られるぞ」
「元々こんな時間まで学校に居たんだもん。何をしても今更怒られることに変わりはないじゃない」
「色んな意味で前向きな御前が羨ましいな」
「えっへん」
「褒めてない」
どうせ怒られるなら、思い切り楽しんでしまえという彼女の意見には少しだけ賛成してやらないこともない、なんて心の中で思いながらオルファスはアリアの方を見た。
服も髪も全部濡れてしまって、それでも今の状況を心から楽しんでいる彼女をほんの少しだけ、ちょっとだけ羨ましいと思ったのは本当。
けれど、口では素直に言わないでおこう、と彼は少しだけ微笑んだのだった。
アリアに向けるその視線が優しげで愛おしそうだったのは、
それを向けられている少し鈍感な少女も、オルファス自身すらも、知らない事実。
【夜の海】
(な、何かおかしかった!?)(……別に)
+ + +
随分前にリレー小説に上げた小説。
オルアリって微笑ましいですよね。……リンアリ? あの子たちは可愛らしいでs(←)
アリアは基本的に自分の感情に素直で、色んな人を巻き込んではちゃめちゃやってる子だと思ってます。
なんか、楽しさには一直線というか。それを止めようとした人物は振り払うどころか巻き込む、みたいな。
2009.10.04 音成 舞綾(転載日時)