SHORT
□10年後の王子様
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「あれ、雪?」
「…えっ、周助?」
久々の帰省。
そこで偶然出会ったのは、懐かしい顔だった。
以前は良く通っていた通りも、今では目新しいと感じる程、時は経っていた。
高校卒業から数年間、この道を通る事は殆どなかった。
雪は都外の大学に外部受験をし、今はその大学の近くに一人で暮らしていた。
そんな彼女も就職活動も終え、大学生として最後の春を迎えていた。
生真面目な性格で良かった、彼女は春の暖かな空気に時間を忘れそうになりながらそう考えていた。
大学は単位制なので、三年まで頑張れば最後の年はかなり楽に過ごせる。
其れを見越して雪は三年生迄で卒業に必要な単位は全て取得をしていたのだ。
そして、余裕が出来た彼女は休みを利用し、久々に実家に戻るべく、青春台の駅に降り立った。
“青春学園”略して青学。
彼女は中高共に、この青春台に在る青学に通い、部活に精を出していた。
実家は駅の反対側だったが、彼女はなんとなく母校を訪ねたい気分になり、自然と足が通学路へと向かっていた。
駅前は少し変わってしまったが、一本道を入った住宅街は殆ど変わらず、そのままの景色だった。
そうだ、春になれば横道の公園の桜が綺麗だった。
そういえば、あそこの駄菓子屋はまだやっているのであろうか。
寄り道に寄り道を重ねながらも彼女は学校の前に辿り着いた。
丁度、このあたり。
そう思い足を止めれば、塀の向こう側から聞こえるテニスボールがコートを駆け巡る音。
そんな音を懐かしんでいると、不意に声をかけられた。
雪はその声に聞き覚えがあった。
そう、同じような音の聞こえる場所で。
そして話は冒頭に戻る。
偶然にも出会したのはかつて同じテニス部だった不二周助。
中学時代からあまり変わらぬ中性的な顔立ちに柔らかい声。
直ぐ彼だと分かった。
「やっぱり雪だ。久しぶり。」
「周助こそ、久しぶり。」
高校卒業以来の再会にどちらともなく微笑み合った。
「こんな所でどうしたんだい?」
「学校が落ち着いたから久々に戻ってきたんだ。それで実家に帰る前に寄りたくなって。」
「そうか、雪は一人暮らしだったね。」
「うん。周助は?」
そう尋ねれば彼は首から下げている黒い一眼レフを指差した。
「ちょっと、写真を撮りたくなって。」
「桜?」
「うん、散り際も綺麗だしね。」
そう言われて見上げれば、学校の敷地内から塀を乗り越え、外の世界へ飛び立つ淡い桃色。
周助の言う通りだ、そう思った雪は不二に視線を戻した。
「ねぇ、覚えてる?」
「ん、何を?」
「10年前の今くらいの季節の事。」
10年前、と言われれば。
中学に入学した頃だろうか。
「僕が君に言った言葉。」
「もしかして。」
雪はまだ出会って間もない頃の事を思い出した。
「10年後とかに偶然出会っても、私は変わらないだろうねってやつ?」
「それそれ。」
ご名答、と微笑む不二に何故か鼓動が早くなる。
まったく、未だに彼の笑みに弱いようだ。
「10年経ったけど、雪は変わらないね。」
「それを言うなら周助だって。」
「そうかい?僕は結構身長伸びたよ。」
「そうだけど、そうじゃなくて!」
「分かってるよ。」
クスクスと笑う彼の姿に安心した。
出会った頃からその笑い方や笑顔は変わっていない。
「でも当時はさ、変なこと急に言う人だなぁって思ったよ。」
「でも、当たったからね。」
少し強気な笑みを見せる不二に対して、雪はぷぅ、と子供の様に頬を膨らませてみせた。
本当、君は変わらないね。なんて言ってくる彼の笑顔にまた、鼓動が早くなる。
「ねえ、雪。」
「何?」
「今夜は空いてるかい?」
「うん、空いてるけど。」
「うんじゃあ決まり。19時に青春台の駅前で。」
「えっ?!」
その瞬間、シャッターを切る音が微かに響いた。
彼の一眼レフだ。
いつの間にか、彼はファインダーを通して雪を見つめていた。
「うん、いい顔。」
それだけ言うと、彼は薄桃の花弁を纏うように、風と共に去って行った。
「何、アレ…。」
相変わらず変な人。
そんな印象と共に、彼女の中でテニスコートで流した汗と涙と一緒に置いてきた感情が芽吹き出していた。
10年。
あの頃から少しでも大人に近づけただろうか。
19時。
きっと食事に行く。いっそ、全てお酒に任せてしまおうか。
そんな彼女の複雑な心境を愉しむかの様に、不二は一人微笑んでいた。
10years
例えば、10年経って
街で偶然出会っても
君は変わらないだろうね。