SHORT
□ぱれっと
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暑い。
今日は今年初めての猛暑日だと聞いた。
教室の窓際の一番後ろ。
本来で有れば特等席だが、この時期だけは避けたい席だ。
カーテンも閉め、空調もついているが、どうも布越しに外の熱気が伝わる。
その熱気は雪の身体に気怠さを生んだ。
そんな雪は、まだ2時間目だというのに、既に放課後に思いを馳せていた。
今日の部活は何時にも増して暑いであろう。
楽しみな筈の放課後が少し憂鬱になる。
そもそもこの暑さでは、放課後迄に体力を全て持っていかれそうだ。
「雪、今日は元気ないね。」
「本当なのね。どうしたのね?」
休み時間になり、髪を乱しながら机に項垂れる雪の元に、クラスメイトの木更津亮と樹希彦がやってきた。
2人は普段は元気の代名詞とも言える雪の不調を心配そうに見つめる。
そんな雪は項垂れたまま、暑いとだけ答えた。
「あー…ご愁傷様。」
木更津は窓際の暑さを経験した事があるのだろうか。
何かを察したように苦笑いをしながらそう言った。
そういう彼も、艶やかな黒髪を束ねており、暑さを感じているのだろう。
「りょー、髪の毛結ってよー」
「自分の髪くらい自分でやりなよ。」
「じゃあいっちゃん。器用だし出来るよね?」
「三つ編みしか出来ないのね。」
肩口までの雪の髪では樹が三つ編みをするには少し短すぎるだろう。
「うー…涼を取りたいよお…」
兎に角、涼しくなってこの気怠さを追い出したい雪。
勿論頭も動かない訳で、何時も以上に教師らの話は耳から耳へと通り抜けて白の目立つノートへと変わっていく。
「昼休みに海にダイブっていうのはどうだい?」
唸る雪を横目に、樹と木更津の間から普通では思いつかぬ迷案と共に顔を覗かせたのは、無駄に男前な同じ部活の佐伯虎次郎。
どうやら樹に借りた教科書を返しに来たようだ。
今日も腹立たしい位に整った顔をしている。
「海…う、み?海入るっ!」
しかしその迷案に生き返ったように顔を上げれば、3人はこれでこそ雪だとクスクス笑いだした。
「じゃあ、お昼休みに部室に集合ね。剣太郎達にも声をかけておくよ。」
雪は今日程、常に部室に置いてある水着に感謝した事は無いだろう。
毎日のように海に行く部活がテニス部というのも可笑しな話だが、彼らは海が大好きだ。
六角中の裏に広がる海水浴場は、千葉県だという事を忘れさせる程に白い砂浜と、瑠璃色の海のコントラストが美しい。
故に、そのビーチに恋い焦がれる者も多い。
そして、その中には彼ら六角中テニス部も含まれるのだ。
大会の直前には神社ではなく、海に足を運び必勝祈願する程、その海というのは雪達に身近で、大切な存在であった。
「部活の後も行こうね!」
「ああ、そうだね。」
「お味噌汁もつくりましょうね。」
「クスクス、ビーチバレーでもしようか。」
「おやつはカキ氷がいいな!あ、イチゴね!」
水を得た魚の様に生き生きとする彼らの頭の中には、次の授業の事など1ミリもないだろう。
ーー瞬きをすれば、目の裏には瑠璃色の広がる美しい世界。
もう、息をするようにその瑠璃色を求めてしまうのだ。
瑠璃色を求める魚達
呼吸さえも出来そうな、その深い世界