○オーナーと一緒シリーズ

□勘違い
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『長曾我部』


『何スか、元就さん』


『先程から、貴様の鼻歌が耳に付く』


『へ?うわ、すんません!』


『もう良い。貴様は黙って仕事を続けろ』


『う、あ、はい…』







休日の昼下がり
近所のペットショップでバイト中の俺は、如何にも自然と鼻歌を歌って居た様で
一緒に品出しして居たオーナーの元就さんに注意されちまった

此の元就さんってのが、かなり綺麗系な人でさ
あー…まァ…多少冷たくてぶっきらぼうな所も有るから、取っ付き難い感じでは有るけど
其れでも、客の殆どが、多分元就さん狙いなんじゃねェかってくらい
若い女の人から、マダムって感じの人まで幅広いんだよな
以前、すっげー色っぽい女客が、元就さんの素っ気無さが良いとかってこっそり教えてくれたけど
いやいや、俺には良く解んねェ



店もこじんまりとはしてっけど、結構御洒落で
アレだ、ペットと一緒に食事出来る様な小さなカフェも兼ねてる訳だ
料理は、元就さんがわざわざ専属シェフを雇ってて、こっちも結構人気
元就さん、金持ちだからなァ
まァ…御陰で、此の店でたった独りの従業員である俺は、毎回てんてこ舞いだけど









『何か、目出度い事でも有ったのか』


『はい?』


『同じ事を何度も謂わせるで無い。目出度いことが有ったのかと、そう聞いている』


『え、何で、ですか?』


『気付いて居らぬのか。また、鼻歌が出て居たぞ。其れに、先程からニヤニヤと気色の悪い顔をして居る』


『うっわ、すんません!』







元就さんにそう謂われて、慌てて口許を隠した
っつか、気色悪いって酷過ぎんだろ、とか思ったけど
元就さん、怖ェから謂わない



多分、俺のニヤニヤの原因は兄貴だろうな
昨日の夜、兄貴が勢い良く玄関を開けて帰って来たと思ったら、満面の笑みでさ
長い事商談を続けていた、頭の固い社長との契約が取れたって、そう謂ってたんだ
だから、今日のバイト終わりに、俺に美味いモン食わせてやるって高級レストラン予約したみたいで

ぶっちゃけた話、高級レストランで飯食うよりも、俺は兄貴のオムライスで大満足なんだけど
でもまァ、兄貴の嬉しそうな顔見てたら、其れでも良いやって思ったし
何より、兄貴の事を、其の社長に認めて貰えたみてェで嬉しかったから、其れだけで満足だった

其の御陰で、今現在、俺は元就さんに詰寄られて居る訳だけど。








『や…目出度い、って謂うか…身内に良い事があったんで…』


『ふん、そうか』


『だから、今夜は一杯お祝いしてやろうと思って』


『其奴の名は何と謂う』


『へ?』


『貴様が今夜祝おうとして居る者の名だ。何と謂う』


『あ、えーっと…まさ、むね…です』


『政宗、だな』


『はい、政宗』


『其奴の毛色は何色だ』


『毛色っスか?茶色、ですけど』






そう謂えば、元就さんは小さく頷いて、裏の倉庫に引っ込んじまって
独り取り残されちまった俺は、暫く呆然としてたんだけど
まァ、あの人気紛れだし、と自分に謂い聞かせて仕事を再開する事にした




暫くして、品出しも粗方終った頃
元就さんが、倉庫から戻って来てさ
其の手には、妙に可愛らしくラッピングされた小さな紙袋(確か、肉球の模様がプリントされた包みだった)
其れから、滅多に笑わないあの元就さんが
氷の王子と謂われる程、冷たい表情を貼り付けた、あの元就さんが
あの、元就さんがだぜ

本当に判るか解らないか位、其れくらい微妙な変化だったけど
確かに、少しだけ表情を緩めて、さ











『長曾我部、今日はもう帰るが良い』









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