救済と撲滅

□それはあまりにも悲しい出来事だったので
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「キミは誰?」
「ボクかい?それはキミ自身が一番分かっているだろう?」

真っ白な世界。
クスクスと可笑しそうに笑うのは自分と同じ顔。
何が違う、と問われれば、それは簡単に答えることができる。
彼は自分の持つ色とは異なった色彩を持っていた。
モルテたちと再会したあとの自分の色彩に似ているのだ。

「キリエ」

彼が呼ぶ。
目は細められたまま、口隅を上げて。
嬉しそうに、しかしそれでいて悲しげな面持ちは、何を思っているからだろうか。

「キミ、は…」
「"キリエ"だよ」

ボクとキミはキリエだ。
キリエ、と名付けられた。
…そうだろう?デストラクト。


彼の言葉に驚き、その瞳を見つめる。
最初から分かっていたことだ。
こんなにも似た者が、同じ世界にいる筈がない。
しかも自分は人とも獣とも切り離された存在だ。
緋陽王によって、創られた。
たった一人の"デストラクト"である筈なのに。

「キミも…?」

デストラクトは二人いたのだろうか。
それは緋陽王にさえ聞いたこともない。
呆然とする自分に対し、彼はまたクスクス笑い出した。

「そうだよ、ボクはデストラクトだ。キミとは全く別の、それでいて似たような世界にある存在だけれど」
「別の世界…?」
「砂漠の海、獣人と人間との争い。撲滅委員会に、救済委員会。全てはほとんど、と言っていいほど一致している」
「存在する人も?」
「モルテもいるよ。トッピーやアガン、ナジャも、リ・アも」
「そう…」

ということは、どの世界でも出会うことは運命なのだ。
旅をして、争って。
きっと彼も、目の前にいる"キリエ"もそういう人生を送っているのだろう。
もしかしたら、自分とモルテのような関係にもなってるかもしれない。

「…でもね」
「…?」
「"キリエ"はいない」
「…え?だって、キミが"キリエ"なんでしょう?」

眉を潜めて、悲しそうに笑う。
自分が無意識によくする行動だ。
モルテやリ・アに、よく怒られる、無理した笑顔。
そうか、こんな顔をしていたのか。
でも何故彼が、今その表情をするのだろう。

「消えたんだ」
「消えた…?」
「そう、消えたよ。…ねぇ、キリエ」
「な…に、」

どんどんと歪められていく。
今にも泣きそうな彼は、少しばかり恐ろしくて。

「ボクも、あの子も、キミみたいな生まれ方がよかった」
「…違うの?」
「ボクはデストラクトコードの器にあたる存在だ。記憶媒体であるデストラクトコードが抜けてしまえばただの"器"。二つがあればこそ、"デストラクト"としての能力と使命を思いだし、使うことができる」
「ボクは?」
「魂が、デストラクトそのものなんだろうね。だから殺されることも、蘇ることも、できると思うよ。望めば記憶だって」

それは大きな違いだ。
死を迎えた後、記憶があるかないかだけでもかなりの違いになってくる。
方や、自分の力を知ったときに、どうしようもない絶望に襲われる。
しかしもう一方も、長い世界を見なくてはいけないのだ。
ヒトと呼ばれる者たちが消失しても、一瞬にしてその存在が消えるわけではない。

「"キリエ"、」

彼の頬に手を伸ばす。
永遠なんてないのだ。
彼にもきっと、死は訪れ、そして生まれる。
―――また、デストラクトとして。
自然を見て、争いをみて、そしてまたヒトの終わりを看取って。
しかし、今目の前にいる彼は。

「―――消えたんだ、」

ぽつりと呟く。
差し出した手には彼の手が重ねられ、温かさに包まれた。

「"キリエ"が、消えた…」
「キミはそこにいるでしょう?」
「違う、違うんだ。確かに僕はあの子になった。過去、キリエ、と呼ばれていた存在に戻ったよ。でもね、…あの子に記憶が戻って、モルテと恋仲になって」
「うん、」
「でもボクは、デストラクトコードが戻ったときに、生まれてしまった」
「生まれた…?」
「キリエとは違う、正真正銘、デストラクトコードを失う前の、キリエだよ」

ようするに多重人格になった、ということだろうか。
そう問うと、少し違うけれど、似たようなものだと彼は言った。
しかし、それならば。
"キリエ"は存在はしているはずだ。
身体を共有しているだけで、消えたとは言わない。

「それは最近までの話しだよ」

息が、つまった。

「最近…?」
「少しの間、身体を共有しただけで、キリエとボクの精神は溶け合ってしまった。残ったのは元のキリエ…つまりは、ボクだ」

沈む仲間。
泣き叫ぶ恋人。
あぁ、あの空間はあの子が築いたものだったのに。
一瞬にして壊れてしまった。
自分も、彼がいれば良かったのだ。
ただ幸せだった。

そして自分に残る、"キリエ"の面影。
それは誰も幸せになんかしない。
―――――できない。


「ねぇ、キリエ…」
「…?」
「疲れた。…疲れたんだ。今まで生きてきた、ヒトよりも遥かに長い記憶の中で、自分が今一番疲れているのが、わかる。あの子を失って、虚無感が生まれて、周りの作る空気すらよそよそしい」
「……、」
「どうしよう、また一人に戻るだけだ。世界の移り変わりを見るだけだ。なのに、あの子の記憶がそれを邪魔する。溶け合った魂が求めるのはかつて旅し、敵対した仲間たち。自我はボクにあるのに、残ってしまったのに…!」

崩れ落ちる身体を支える。
必死に、何かに縋り付くように、服を掴む手は震えて。
それを、抱きしめることは出来なかった。

(だって、それはボクの役目じゃない)

赤い髪の彼を癒すことができるのは、彼と共に存在していた"キリエ"だけ。
…しかし、彼は今はいないのだ。
もしかすると、永遠に。

「"キリエ"、…会えるよ」

村を壊した。
砂に変えた。
人も、建物も、全部。
家族と言ってもいいような関係に終止符が打たれた、あのとき。
現実は自分にとって、厳しくはあったけれど、おじさん、とかつて呼んだ存在に会えたとき。
告げられた事実への恐怖や悲壮と同時に訪れた、少しの喜び(あの時は感動以上に重いものを突き付けられたのだ)。

「会える」

だって自分は会えた。
一度は離れた存在と。
モルテやアガン、トッピーやリ・ア、ナジャ、緋陽王とも。
死んだ、と感じたあとも。
それを叶えてくれたのは、なによりも愛しい、仲間たち。

「希望を捨てないで」

触れ合った場所から、小さな光りの粒となって消えていく。

「そっちの世界だって、僕たちに、…デストラクトに、無情なことばかりではなかったでしょ?」

重なりあったはずの手と手は、粒となる度に離れていって。

「僕たちの世界と、キミたちの世界が似たようなものなら、―――――」

終わりがきた。
お互いの身体が、元の世界に戻る時間。
最後の言葉はもう聞くことが出来なくて、デストラクトの見開いた目から浮かぶ涙も光の粒となった。

優しく微笑むその姿は、消えた彼にそっくりだった。
それにまた愛おしさを感じ。

「ありがとう―――」

今自分が出来る精一杯の笑顔で告げる。
穏やかとは言えない気持ちだった。
粒と、光りとなる様は、彼が消えていったそれにそっくりで。

死しても、自分もあの子もデストラクトだ。
ならば、今目の前にいる彼のように。
蘇ることはできるだろうか。


『出来るよ』


探し続けることを哀れむ者がいるならば、それほどに愛しむことが出来る者がいると誇ればいい。
長い時をかけても、忘れることのない、愛しい者がいるのだ、と。






目を開けば、見えたのは暗い夜空に浮かぶ星。

それを掴むようにして拳を握ると、彼は皆のいる元へと歩いていった。



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